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私の読む「宇津保物語」第一巻 としかげの続き 1

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 と言って嫗は、ともすれば悲しみに落ち込もうとする娘を励まして子供を大事にして育児に励む。

 このようにして、嘆き悲しむ月日が過ぎていく。収入などというものは無いので、嫗は少しばかり有った身の回りの調度を売りさばいて家計に当てつつ月日が経つ毎日を涙を流しつつ堪え忍んで送った。

 そうして、娘と太政大臣の若子君との間に出来た子供は三歳になった。その夏頃から、親の乳は飲まなくなる。母はそれを心配して

「どうしてこの子は近頃乳を飲まなくなったのだろうか、そら乳を飲んで、苦しがることはないよ。乳も飲まず、他のものは食べず、どうしたのだ」

「いいえ、もう乳は飲ませにならないで」

 と、乳離れをしてしまった。そうして子供はすくすくと急に大きくなっていった。

 生まれたときからずっとこの子供は美しかった。聞いたり見たりして為になることを忘れないし、心が敏く、限りなく賢かった。このように幼いのに親に迷惑がかかるようなことはしないで、親は愛すべき大切なお方であると悟り知っていた。
 
娘の子供が五歳になった年の秋に、一心に世話をしてくれていた嫗が亡くなった。

 親子はたちまち食べるものがなくなって食事が出来なくなる。腹を空かして日にちが過ぎた。

 子供が家を出て外の遊びに出ると、母親が食事もしないのを見て大層悲しいと、

「どうして母親に食事をさしあげようか」

 ということに気が付いて色々と考えるが子供のことで方法が考えつかずなす事が出来ない。

 朝早く賀茂川の河原に出て、遊んでいると、魚釣りをしている人を見る。

「どうして魚を釣っているの」

 と、釣り人に尋ねる、

「親が病気だから、食事をしないので、魚を食べさせようとね」

 と言うのを聞いて、子供は、
「お母さんに、魚を食べさせよう」
と、考えついて、針を得て釣り竿で釣り始めると、可愛い美しい子供が魚を釣っていると、見ている人は、

「こんな上品で可愛らしい子供を、こんな釣りに出すなんて、何処の子だろう」
 と思い、
「どうして釣りなんかしているの」
 と聞くと、子供は、
「遊んでいるのです」
 と答えた。
 
 聞いた人たちは子供が可愛くて、それなら私が釣ってあげようか、と沢山魚を釣り上げて子供に渡す人も現れた。それを持ち帰って母親に食べさせる、母親は、

「こんなことをするのではありません。食事しなくとも平気ですよ」

 と、言うのだが子供は聞かない。そうして子供はますます光り輝くように成長していく。

 そんな子供が釣りをしているのを見ると、抱き上げて、

「ご両親はいらっしゃるの。どう、私の子供になりなさいよ」
と言われると、
「いいえ、母はいます」
 と言って子供はそれ以上のことは一言もいわな。

 そうして気候が暖かな間は、魚を釣って母親に食べさせた。夢の中でも母親は子供の出してくれる食事ばかりを食べている。

冬になって寒くなってくると、魚釣りというわけにも行かなくなる、子供は、
「お母さんに何を差し上げよう。どうしようか」
 と、母親に相談する。

「魚を釣りに行きたいのですが、氷が硬くて魚が居ない。どういたしましょうぞ」
 と言って涙を流す。親は、
「何が悲しいの、泣くではない。氷が融けたら釣ればいい、私は沢山食べましたよ」

 と、言われたが、子供は翌朝になると、河原に出て行って、人出が多く、車が頻繁に通るときは、やり過ごして暫くして出て見ると、水面は鏡のように凍っている。その時、この子供は水面に向かって、

「本当に私が親孝行な息子であれば、氷は融けて魚が現れる。不幸な子供であれば、融けず魚も出てくるな」

 と、叫んで、涙を流すと、氷が融け始めて大きな魚が水面に現れた。捕まえて持ち帰り、子供は母親に見せて言う。
「私は本当に孝行な子供でした」
 と先の始終を話した。

小さな子供が深く積もった雪を分けて、足や手は寒さに凍えてエビのように赤くなり、魚をとって走って戻ってくるのを見ると、母親は悲しくて涙を流す、
「なんで、このような寒い日に出て歩くのです。もっと良い日に出て行きなさい」
 と言うと、
「お母さんのためなら、なんともないよ」
 とこたえて、止めることをしなかった。

 子供の名前は仲忠と呼ばれていた。
〔註〕子供の名前は後年元服して付けられた名であるが、名無しでは読みにくいので、早々と仲忠と呼ぶことにした。母親の名前は、当時のしきたりか、女の名前は分からない

 仲忠が凍った川から捕らえてきた魚は、魚でありながら百味を備えた美味な食材になった。不思議なことが次々と二人の前に現れた。

こうして新しい年が明けた。仲忠はますます大きく賢く成長していった。仲忠には何か目に見えないものが乗り移ったような感じがして、年齢よりも大きく大人のように見えるところがあった。だから仲忠を見た者は、

「誰の子供だ、親は何という名前ぞ、この近くに住んでいるに相違ない」

 などと言って、住むところを探し回ると、自然に仲忠親子の住処が見つかった。人にも所在がはっきりとした。

仲忠は、この賀茂川だけに魚はいるものであると思っていた。ある日川を下り、川を渡って対岸に上がり、そこから北の方に向かって歩いて山に入っていった。

 そこで仲忠は、大柄な童が土を掘って何か塊を取り出して、火を焚いて土中から取り上げた塊を暫く焼くとその場に置いておいて、さらに、大木の根元に行き、椎・櫟(いちい)・栗などを拾っている。童は見つめている仲忠に、

「なにしに、この山に居るんだよ」
 と問うので、仲忠は
「魚を釣りに。母上に食べさせようと思って」
 というと、
「山に魚はいないよ。また、生き物を殺すのは罪である。これを拾って食べなさい」 

 と教えるように言って、童は自分の拾い、掘り集めた物を総て仲忠に渡して消えていった。 

仲忠は嬉しくて持ち帰るとすぐに童がしていたように火を焚いて焼くと、母に食べさせた。

 この後仲忠は山に入るようにして、童が教えてくれた、芋・野老(ところ)を掘り、葛(かづら)の曲がりくねった根を掘たり、落ちた木の実を拾って、持ち帰って母に食べさせた。

雪の深いときは、芋、野老(ところ)のあるところ、木の実の落ちているのも見えないので、仲忠はそのようなときは、

「私が不孝な子供でありましたならば、雪は高く積もるであろう」
 と叫ぶと、雪は降るのを止めて、日が麗らかに照り、先日仲忠を山で案内してくれた童が現れて、例の芋や野老(ところ)を焼いて調理して仲忠に渡して、消えていった。

 このようにして仲忠は山を食べ物を求めて歩くのであるが、なにぶん遠方であるので疲れを感じる。そこで仲忠は、

「どうだろうか、この山の中に住むに良い場所がないだろうか。山の近くで母と暮らそう」

 考えて、山奥へと入っていくと、厳めしい大木の杉の木があり、その根元に四本の杉が立ってるように感じるほどの大きな洞(ほこら)が有るのを見付けて、寄って見ると、その洞の大きさは大きな家ほどの広さであった。仲忠は見て思った、

「此処に母上をお住まいして貰って、拾ってきた木の実を先ず差し上げたら」