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私の読む「宇津保物語」第一巻 としかげの続き 1

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「そのような嘘は冗談にも言ってはなりません。私にはお隠しなさいますな。おうなはお会いしてすぐから御妊娠なさったとは感じていましたが、お聞きするのは失礼かと思っておりました。
 お相手の方を教え願いたい。いつから月のものは無いのですか。ご出産も近くなりましたようで仰って下さい殿方の名を。準備を始めませんと」

「おかしなことを言うね。私がどういたしました。月のものは九ヶ月ほど無いが、それはそれで、そういうものだと思いまして別に心配はしていません」

娘は媼に答える。媼は、

「では、お子様がお生まれになるのは、来月でございますよ、まあ、どうしたことでしょう。このような臨月近いおからで今まで気がお着きにならないなんて。
 この年寄りの嫗が死にでもしたら、どうなりましょうぞ。大事なあなた様のお役に立とうと、私のようなつまらない、生き甲斐もないような年寄りの命でも大事にしなければ」

 というので、娘は、

「自分の身体はそのように有るのか」
 と思うと、たまらない気がして恥ずかしくもあって泣き出した。それを見て嫗は、


「よし、分かりました。この嫗が知った上は心配なさらないで。野山を分けてでも乳母の仕事をお努めいたします。
 あなた様にとって御子は宝と言うこともお知りにならないのですね、身が二つとなれば、嫗はしっかりお側に侍ります。
 お子様のおためには信仰なさる仏の骨の中から、釈迦の舎利からもおいしいお乳が乳房を通して出ることでしょう。
 白い髪筋もしろがね、黄金となりますでしょう。情けないとか、悲しいとかお考えにならないこと。お手を清めて神仏に、

『無事に御子を授け賜え』

 と、祈りなさいませ。さらにこの嫗の命長いことを念じて下さい」

 嫗は涙ながらに言うと、色々と考えて、嫗の子供が田舎にいるのでその子供の元に娘には内緒で行って、出産の時に使用するものを求めて、と、娘に、


「このごろはいかがお過ごしでしたか。ああ、どうしましょう。屋敷の中には何とかしてそのときの役に立つ物がありますか」

 娘は、

「さあ、どんな物が必要ですか」
「何でもある物をどうにかこうにかして、多くお産の前後に使いましょう」
 と、嫗が言うと娘は美しい飾りの唐国製の乗馬の道具を一式取り出してきて、

「これはなににつかうものでしょう」

 と、嫗に見せると、

「さあ、これはお産にはちょっと、他に何か有りませんか」
「ありませんね」
 娘は言う。

 嫗はこの唐鞍を持って、鞍を必要とするところへ持って行き、多くの金に換えて衣・布などを買い出産の準備とする。食事のためにはわずかしか残らなかったので、嫗は心配して歩き回る。娘は草が生い茂ったあばら屋に夜となく昼となく涙流して出産のことを考えて思い悩み、嫗はそこらをかけずり回ってお産の準備をみんなしてしまった。

 そうして、六月六日娘は子供を出産した。

 出産が近づくと娘は心配になり気持ちが穏やかさを無くしていったが、付き添った嫗が娘の気持ちを和らげようと

「無事に子供が生まれますように」

 と、口に唱えて神仏に願う、その甲斐あってか、娘は苦しむことなく子供が生まれた。光り輝く宝石のような男の子であった。

 生まれるとすぐに嫗は子を布にくるんで自分の胸に抱き入れて母親にほとんど見せなかった。

 ただ、授乳の時ばかり母親の許に連れて行って、常は嫗が背負って子供を育てる。母親になった娘、女君は産後は順調で、床を離れて起きていた。暑い頃であるが、貧乏人は貴人に比べて過ごし易い。

「夏のお産は大福徳です、このように暖かいことは」

 と言って嫗は自慢して歩く。

こうして日が過ていくと、子供の母親の気持ちはますます侘びしくなり、親となってさらに気持ちの焦りも出てきた。

 この子をこれから養い育てていくのに、あまりにも光り輝く玉のように見えるので、

「ああ、お祖父さまがご健在であるならば、どのようにお喜びになってお育てになるだろう」

 父のことを思い出すと娘は悲しくなる。嫗は、

「お亡くなりになられたお父様がご健在であるならば、綾錦にくるまれてお育ちになられることでしょうに」

 娘は、

「そう、きっとそうでしたでしょう。思い出すととても悲しい。親と共に暮らしていましたときに、将来こんなに落ちぶれた生活をするとは思っても見ませんでした」

 涙を目に溢れるようにためて、

「私の前世からの約束は免れることが出来ません。それを天から親たちは不甲斐がない娘だと見つめておられる。親の生存中に私は死ねばよかったのです」

 と言って身をもだえて泣く。嫗は、

「ああ、情けないことを言われる。そのように深くお考えなさいますな。今はもう落ち着きました。このような立派な子供という宝を授かって何が不足でございます。

 この、

『むしみつ』

 さまを嫗は夢に見ました。大変に美しくつややかで滑らかな、くけ針に、縹色(はなだいろ)(薄い青色)の糸を左右に縒って一尋ばかりの長さにして穴に通したのを、小さな鷹のような鳥が貴女の前に落としました。

 その針はとても賢く立派に修行をしてやせ衰えてしまった行者が、貴女のお召し物の下前のおくびに一針一針と縫いつけて半分ほど縫いつけて去っていきました。

 そうすると針を落とした鷹は、その針を探して周りを飛び回るが貴女が持っているのを見て袖に留まって一向に飛び立つ気配がない。

 夢判断する者に、見て貰いますと

『大変によい夢である。その夢に現れた女君は上達部の御子をお産みになった、この先にはその子の幸福な様子を見るであろう。或いは自然に二人の中が絶えることもあろう』

 という夢合わせをしました。

 ですから貴女がこれから良くなっていくという前兆であります。多くの夢判断をすると、針に纏わる子供は大変に賢い孝行な子供が多い。嫗の丹波に住まいしています童女は、出産するときに見た夢は、使いやすい針の通し易い耳に、信濃の布をほどいた糸を通して嫗の袖に縫いつけたと見られた。それがどのようになりましたか、その娘は裕福に暮らし、嫗は生きてこのようにしております。

 先月も貴女のことを心配して嫗を尋ね来てその折りに、白米三斗五升、大麦七斗持ってきてくれたので、何とか食事の工面が出来たのです。

 貴女は何をそう、くよくよと考えられます。本当に幼稚なのですか、それとも五十六十の老人ですか。一見したところ御子を産まれたというようにも見えませんし、とにかくこうして世を過ごしているうちに、何かがあるでしょう。

 そういう訳だから、昔を恋しがることはありませんよ。貴女に及ばない人も沢山世の中にはいますよ。本当に、貴女はお美しくて上品でありなさる」

 嫗が長話をすると、娘は答えて、

「どうしてそのように迷ったり深刻に考えたりしましょうか、本当に困りましたね、嫗が考えているようなことは考えてもいませんよ」

嫗は、

「気落ちすることはなさいませんように。色々なことは神仏の御旨でございます。世の末になったと言って、はかなく考えないように。御子は宝の王ですよ」