弁護士に広げたかった大風呂敷
9 極楽トンボにバカがつく
いるはずがない
いてくれるなよ
いたりしてみろ
承知しないぞ
念じて
呪って
一心不乱に
歩き回った漢江の
とっぷり暮れて
それでなくても
えらく侘しい
川っぷち
大きな草むら
ひとつ曲がって
どでかい石に
蹴っつまづいた
その目の前に
何一つ
昼間と変わらず
肩を落として
ぽつねんと立つ
その人影を
突然拝んだ
ショックを先生
多少なりとも
察してくれよ
それでなくても
裁判初日に
帰る道々
内輪もめ
行き当たりばったり
着いた川原で
丁々発止の
度が過ぎて
木の1本も
ベンチ1つも
コンビニも
公衆電話も
ない川べりに
携帯も
財布も持たない
先生を
勢い余って
置き去りにして
ゆうに半日
ほったらかした
さすがの俺も
負い目にかられて
もしや
まさか
万々が一と
気になり出したら
気が気じゃなくて
制限速度も
信号も
記憶にないほど
すっ飛んできた
俺の心臓は
破裂寸前
どうしてくれる?
どうせなら
声を限りに
罵倒してくれ
こきおろすなり
泣きわめくなり
それでも足りなきゃ
引っぱたくなり
したくなるのが
人情だろう?
ところがどっこい
先生は
何がそんなに
楽しいんだか
イエスか仏の
再来よろしく
えらくのん気に
笑ってた
「悪口だったら
とっくの昔に
言い飽きちゃった
仕返しの策も
バッチリ練ったし
大通りまで
行きさえすれば
わけなく
帰れただろうけど
でも
誰かさんが
もうすぐ必ず
迎えに来るのに
理由はないけど
必ず来るって
判ってたから
迎えに来たとき
ここにいないと
淋しい思いを
させそうで
ひとりで帰る
気がしなかった」
道中の
ぬかるみという
ぬかるみの
泥をしこたま
はねあげた
無残な車の
トランクに
俺と並んで
ちょこなんと
腰を下ろして先生は
何を言うかと思いきや
淡々と
ひとごとみたいに
そうのたまった
「極楽トンボに
バカがつく」
聞けば聞くほど
腹の底から
つくづく力が
抜け果てた
「来るつもりなんか
なかったんだぞ
たまたま来たから
いいようなもの
来なけりゃこのまま
どうなってたか」
強がったとて
お里は知れてる
俺を尻目に
先生は
やっぱりのん気に
笑ってた
先生
お人好しにも
ほどがある
ほどがあるけど
今日のところは
見逃してやる
俺だけになら
この先ずっと
お人好しのまま
いてくれていい
いや いてほしい
なお 有難い
昼間初めて
めくらめっぽう
やって来て
正真正銘
これが
生まれて2回目なのに
気も狂いそうな
上の空で
迷いもしないで
よくぞ見事に
辿りついたと
自分で自分を
褒めたいくらい
何の変哲も
目印もない
草ぼうぼうの
川べりだけど
この先2度と
縁もなかろう
えらく侘しい
川べりだけど
澄んだまあるい
お月さんが
あつらえ向きの
街灯で
先生を
隣に乗せて
帰る道々
また泥はねて
俺はすこぶる
機嫌がよかった
作品名:弁護士に広げたかった大風呂敷 作家名:懐拳