弁護士に広げたかった大風呂敷
15 まな板の鯉
ほんとに
昨日の夜なのか?
屋上の
ボロい縁台に
大の字になって
寝ころんで
先生といっしょに
星を見たのが
ほんとにほんの
昨日の夜か?
縁台に
ひっくり返って
思わず俺は
つぶやいた
「幸せで怖い」と
「幸せすぎて
申し訳ない」
先生はそう
言ったっけな
俺は心底
怖かった
ただまっすぐに
過去を詫びる
奴の伝言
携帯の
その赤裸々な
録音を
聞いてもなお
先生は
俺のそばに
居てくれると
奴の元には
戻らないと
胸を張れる
自信はなかった
奴は
若くて有能で
何より
先生を愛してる
今もなお
しかも俺より
ずっと前から
先生が
俺を選ぶか
奴と去るか
こればっかりは
無理強いできる
ことじゃない
俺はただ
まな板の鯉
本当に
怖かった
あの男の
録音という
宝の入った
先生の携帯
返すべきか
返さざるべきか
丸一日
拷問だった
奴はいい男だ
宝と一緒に
奴の元に
戻りたいなら
それはそれで
ひとつの選択
先生に
罪はない
潔く見送るほかに
道はあるまい
今その宝を
隠したところで
いつかは必ず
知るべき話
俺はそこまで
卑怯じゃないよ
先生
宝はちゃんと
見つけたか?
俺は確かに
返したぞ
そして案の定
敵に塩まで
送るとは
人が善すぎた
魔がさしたと
今ごろ自分に
呆れてる
先生
何でだ?
昨日ほど
今夜は星が
きれいに見えない
ああそうか
先生が隣に
いないからだな
作品名:弁護士に広げたかった大風呂敷 作家名:懐拳