連載小説「六連星(むつらぼし)」第36話~40話
遠くに見える工場の煙突から、白い煙が水蒸気のように吹きあがっている。
固く唇を噛んだ響が、英治の背中へ顔を隠す。
錆びた赤い埃だけが積もっている、かつての生活道路を、
小さな足跡を残しながら、響が黙々と歩く。
車が頻繁に行き交う大きな道路へ出た。
ホテルへ戻る道を探しながら、英治が北に向かって進路をとる。
ふたたび日和山のほうへ向かって、道を戻っていくような格好になる。
広いだけの道路は応急的に盛り土をして、アスファルトを敷いただけという、
きわめて簡易な作り方をしている。
車両の通行を最優先しているために、路肩を歩く歩行者のことは
配慮されていない。
土埃を巻き上げ、優先的に通過していく車両の邪魔にならないよう、
残された路肩の砂利の上を、歩いていくしか方法がない。
道の両側が低くなっている。大量の水が溜まって沼のようになっている。
沼の水面と海の水平線が、同じ高さに見える。
海面と同じ高さに見えるのは、ここが、大規模な地盤沈下を起こしたためだ。
響と英治が、日和山の南斜面の直下へ着いた。
二人の正面に、鉄筋コンクリートの四角い建物があらわれた。
小学校の校舎として、使われていた建物だ。
3階まである建物のガラスは、全て破壊されている。
それどころか、校舎の全体がすべて黒く煤けている。
津波の後に発生した、がれきからの火災のため、燃え尽きたものと思われる。
「英治。墓地が見える・・・・学校の、すぐ裏手に」
響が指さす先に、墓地が広がっているのが見える。
多くの墓石が、あの日のまま倒壊をしている。
一部だけが整理されて、あたらしい石塔が建っている。
墓地の真ん中で、黄色いヘルメットに蛍光色のジャンパーを着たひと達が、
黙々と作業して居る姿が見える。
復旧支援に感謝する言葉が大きく書かれた看板が、道路に沿って立っている。
その向こう側、お寺の本堂と思われる屋根が、ひしゃげたまま残っている。
「もう帰ろう、響。身体が冷えてきた・・・。」
前を歩く金髪の英治が、ホテルへ向かう道を指さす。
ホテルに近づくにつれて住宅の数が増え、人の姿が多くなっていく。
途中で通過した小学校で、子どもたちが校庭を駆けまわる様子が見えた。
被災した日和山の南面から、ほんの数百メートルしか離れていない場所だ。
ここは日和山の陰になっていたため、地震による被害は受けたが、
その後に発生した大津波はここまで到達をしなかった。
作品名:連載小説「六連星(むつらぼし)」第36話~40話 作家名:落合順平