連載小説「六連星(むつらぼし)」第36話~40話
呑み屋街を抜けると、突然目の前に、荒れた大地が広がりはじめる。
荒れ地の中を悠々と流れていくのは、あの有名な北上川だ。
あの日、石巻市を襲った大津波は、北上川を50kmにわたって遡上した。
遡上した津波は、いたるところで堤防を越え、市街地を水浸しに変えた。
橋がへし折れ、中洲にあった建物はすべて水没した。
川に沿い、海岸に向かって岸辺を下って行くと、
あの日の津波で受けた被害の大きさが、少しづつ顕著になってくる。
急設したと思われる排水ポンプが、ものすごい勢いで濁った水を、
大きな音を立て、北上川の川面へ吐きだしている。
川の水位は驚くほど高い。
傷だらけの堤防すれすれを、渦を巻きながら流れていく。
川の向こう側には、地元出身の漫画家、石ノ森章太郎の萬画館が建っている。
一時は被災者たちの、緊急の避難場所として使われた場所だ。
再開に向けて修復がすすめられているが、現在でも休館状態がつづいている。
見渡す限りの視界の中で、復旧と復興のための重機が朝早くから
ごうごうとうなり声をあげている。
「あれ(工事用の重機)も、やくざには、格好の金儲けの種だ。
震災の翌日から、東北一帯で、猛烈な重機の買い占め行動がはじまった。
復興事業の需要をにらんで、投資目的による買い占めが横行した。
やくざとゼネコンが、いりみだれて機械を奪い合った。
金儲けは、早い者勝ちだ。
政治家どもが何もしないで手をこまねいているから、被災地では
無法が、大手をふってまかり通る」
「だから、福島や東北の被災地へ、岡本のおっちゃんたちが熱心に、
足を運んでやって来るわけなのね。
そうか。此処には、そういう裏の事情があったんだ」
異常に高い水面を保ったまま、海に向かって流れていく北上川の川面を
見つめながら、響が思わず深いため息を洩らす。
「ねぇ英治。これほどまで川が変わり果てるなんて哀しいね。
石川啄木が『柳青める北上の、岸辺目に見ゆ 泣けと如くに』と詠んだ
あの、北上川の景色が、これなの?。」
「あの日。津波は、ここから果てしなく川を遡上した。
あれから一年が経ったが、まだこの堤防には、あの日の衝撃が
まざまざと克明に残っている。
青く萌えるはずの柳も、根こそぎ倒されて、海に流されたままだ。
それでも季節は巡ってくる。北上川にも、春はまた忘れずにやってくる。
まもなく此処にも、春の芽吹きはやって来るはずだ」
「それにしたって・・・・いったい何なの、この荒れ果てた景色は。
1本も残っていないじゃないの。春を告げてくれるはずの柳なんか。
変わり果ててしまったこの土手からの様子は、見ていて哀しすぎます。
むき出しの荒れた大地と、柳が消えてしまった川の姿は、
見るからに寂しすぎる景色そのものです・・・」
「響。 東北の被災地は、何処へ行っても同じ光景をしている。
此処と似たような光景が、たくさん残っている。
津波によって破壊された範囲が、はるかに大きすぎるためだ。
20万人以上の人たちがいまだに、仮設住宅で避難暮らしをしている。
それどころか、いつになったら仮設から出られるのか、
それすら不明のままだ。
困り果てている避難民とは裏腹に、やくざとゼネコンがやたら元気に、
頑張り始めた。
ボランティアの人達が汗をかいて、復興のために頑張っている裏側で、
利権をめぐって、やくざとゼネコンが暗躍しているんだ。
ここには、善意の人達と、金に汚い連中が次から次に集まってくる。
どうなってんだ、いったいと、北上川が、泣いているんだろう・・・・」
「北上川が、別の意味で、泣いているんだ・・・
ほんとうだ、英治。 柳を失った川が、春を返せと泣いているように見える。
川幅いっぱいに、涙を溜めて流れているように、私には見える・・・・」
寂しすぎる景色を見つめているうちに、思わず、いつのまにか
英治の背中で、響が、ひっそりと涙ぐんでいた。
作品名:連載小説「六連星(むつらぼし)」第36話~40話 作家名:落合順平