連載小説「六連星(むつらぼし)」第36話~40話
「あら、ごめんなさい。
私ったら、いつも、こんな風におしゃべりをし過ぎるの。
遠い群馬から人を探しにやってきたというのに、いきなり場違いといえる
松島駅の自慢話をされても、ただ面喰らうばかりですねぇ・・・
失礼しました。おほほほ」
「いいえ。素敵な駅舎だと思います。
観光地の松島らしく、洒落ていて、とても美しい駅です。
バリアフリーが行き届いていると言うのも、素晴らしい配慮です]
「あら。こちらのお嬢さんとは、お話が合いそうですねぇ。
折角ですから、市内の方へ歩いて、甘いものなどをいただきながら、
お探しの方の情報や、その他もろもろのおしゃべりなどをしましょうねぇ~。
歩いて、すぐですから」
『もろもろのおしゃべりもしましょうねぇ~』、という部分に、
響がいち早く、親しみを感じてしまう。
(どんな女性が現れるのかと緊張していましたが、ちょっと予想外です。
堅い雰囲気の看護師さんが現れるのかと思いきや、何処にでも居るような、
近所の人の良いおばちゃんの登場です。うふふ。安心しました・・・・)
「先ほど、松島の海を拝見してきました。
道路や橋の上に、まだ、被害の傷跡が残っていました。
痛ましい景色に思わずちょっとだけ、私の胸が痛みました」
「あれから一年が経ちました。
3・11は、自然や町の景色を壊したばかりか、人の心の中にまで、
修復しきれない痛みを、たくさん残しています。
私も震災のあの日から、石巻赤十字病院で診療にあたってきました。
手の付けられない、野戦病院のような状態でした。
凄惨な現場で半年余り、私は毎日、生と死を見続けてきました」
「荻原さんはもしかして、そうした心労が原因で看護師さんを
休養中なのですか?」
「いえいえ・・・・それほど体裁の良い話では有りません、お嬢さん。
荻原さんと呼ばれるのは、少々苦手ですねぇ。
遠慮しないで、浩子と呼んでください。
休職に至ったのは、あくまでも自分の不摂生が原因です。
半年ほど、目一杯の仕事をしていましたから、日ごろの運動不足と
体力の不足が原因で、やっぱり、身体を壊してしまいました。
お酒と煙草が大好きで、おまけにカラオケ三昧という怠け者です。
普通の人から見たら、不健康そのものという生活を送っていましたから。
一人で暮らしていますので、仕事以外の時は、カラオケに入り浸りです。
好きなだけお酒を呑み、煙草をふかすという暮らしを、
長年にわたって続けてきました。
それが突然の、あの大震災の発生です。
半年間は忙しさに追われて、夢中で仕事をしましたが、
長年の不摂生がたたり、体調をすっかり崩してしまいました。
やはり不養生はいけません。
とりあえず、こうしてグダグダと休職中です。
普段から身体は、鍛えておかなければいけませんねぇ。
いざとなった時に、まったく役に立ちませんからね。あっはっは」
東北本線・松島駅から市内へ向かって7~8分歩くと
周囲の様子が変わってくる。
中心部へ向かう雰囲気が、町並の様子から濃厚に漂ってくる。
商店街らしい密集が近づいてくると、民家の間にある店舗の数も増えてくる。
民家風の家の前で、元看護婦が立ち止まる。
「甘味処」と書かれたドアを、まるで自分の家のように「どうぞ」と言いながら、
浩子が茶目っけたっぷりに、大きなお尻で押し開ける。
落ち着いた室内に、可愛いテーブル席が3つ、横に並んでいる。
作品名:連載小説「六連星(むつらぼし)」第36話~40話 作家名:落合順平