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連載小説「六連星(むつらぼし)」第36話~40話

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 「お友達がやっているお店です。
 でもいまは、私の午前中のアジトです!。
 ダイエットの必要があるのですが、やはり美味しいものには勝てません。
 あなたはまだお若いから、気にしなくても大丈夫でしょう。
 そちらの金髪さん。甘いものは平気かしら?」

 「下戸(げこ)です。実は、甘いものも得意でありません。
 でも折角の機会ですので、ぜひ、頂きたいと思います」


 緊張気味の英治が、目を白黒させながら、しどろもどろで答える。
目を細めて笑う浩子が、立ったままの2人に椅子をすすめる。
2人が着席して、居ずまいを整えたのを見届けてから、
『さて、お尋ねの件です』と前置きしてから、ようやく本題を切りだす。


 「お尋ねの方かどうかの、確証はありません。
 原爆病の可能性があるということなので、一人だけ心当たりが有ります。
 震災直後は、どこの医療機関もてんてこまいでした。
 どこもかしこも、被災した人たちであふれていました。
 状況の把握も出来ないまま、次々にけが人が運ばれてきます。
 書類の整理もままならず、記録もろくに取れない状態でした。
 患者さんを治療することが、とにかく最優先です。
 私たちのもうひとつの仕事が、点在している避難所を巡回することです。
 仙石線に乗ってこられたので、すでに気がついていると思いますが、
 被害が大きかった野蒜(のびる)駅地区は、少し離れた高台に
 いくつかの避難所が作られました。
 そのうちのひとつの避難所で、原爆症の疑いのある男の人と
 お会いした覚えがあります」


 浩子が、テーブルの上で、ゆっくりと指を組み直す。
ふうっと短い息をはきだしたあと、天井をじっと見つめている瞳は、
次に言うべき言葉を、頭の中で、ゆっくりと探しているようだ。
続きを待ちかねて金髪の英治が、ごくりと生唾をのみこむ。


 「被災から一カ月ほど経つと、
 被災者たちの病気と症状が、微妙に変わりはじめます。
 ストレスや、不衛生から発生する伝染病。
 精神的な不安からくる体調不良などが、日を追うごとに増えます。
 明らかな異変を抱えているものの、まったく原因がつかめない患者さんが
 一人だけいました。
 原爆症の可能性が有ると見破ったのは、広島から応援に来てくれた、
 ボランティアのお医者さんです。
 原発で長く働くと、知らないうちに身体が被ばくするそうです。
 低濃度でも、長く身体が被ばくしていくと、それが原因で
 さまざまな健康被害が発生するそうです。
 その人は、原発を転々としながら働いてきたを、ようやく話してくれました。
 被ばくしたと正直に言うと、医療を受ける際、不利になることも有ります。
 複雑な問題がからむため、原発で働いていた人たちは
 自分の経歴を語ろうとしません。
 口を閉ざしてしまうのが、一般的だそうです。
 その方も最初のうちは寡黙でしたが、そのうちに心をひらいて
 すべてを語ってくれるようになりました。
 3・11の3ヶ月後くらいまで、福島の第一原発で働いていたそうです」

 「そうかもしれません。
 茂伯父さんが最後に働いていた原発は、たぶん福島の第一原発だと思います。
 震災の前まで、何度も福島からお金が届いていましたから・・・・」


 「原発で働いている人たちには、被ばく量の厳しい制限が有ります。
 その患者さんは、何度も名前を変えながら福島第一原発内で、
 がれき撤去作業に従事したそうです。
 広島から来た先生の話では、原発敷地内のがれき撤去の作業が、
 もっとも危険な仕事だったと言います。
 炉心の溶解によって飛び散った大量の放射能が、がれきに付着して、
 原発の敷地内に積もったそうです。
 高濃度の放射能が、敷地内のどこに潜んでいるか解らないまま、
 連日にわたり、がれき撤去作業に従事したそうです。
 原子炉の建屋以外で、高濃度の放射線が後になってから
 あちこちで発見されています。
 たぶんその人も、相当量を被爆しただろうと考えられます」


 「それでも生きてはいるんだ、そのひとは。
 きっと茂伯父さんだ。で、その人は今どこに居るんですか!」

 「高台の避難所から内陸部へ、5キロほど行ったところに、
 ひびき工業団地があります。
 そこへ大規模な仮設住宅が建てられました。
 幸い、その患者さんもそこへ入居が出来たようです。
 今朝、ご本人と確認がとれました」

 「生きてる! 生きているんだ。・・・・茂伯父さんが! 」


(41)へ、つづく