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連載小説「六連星(むつらぼし)」第36話~40話

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 家屋は津波で受けた傷跡をそのままに、赤く錆びつき、朽ち始めている。
そんな景色を見つめながら、響が、つよく唇をかみしめていく。
握りしめたこぶしが、少しずつ震えてきた。
涙で瞳がかすみ、かすみながら消えていく景色を、響は
どうすることもできない。
車窓を流れていく哀しすぎる光景に、響はかける言葉を失った・・・・


 (これが被災地の、本当の光景だ。
 一年が経ったと言うのに、この景色は、何も解決していないと証言している。
 被災地の一年後の現実が、私の目の前を通過していく。
 私はたぶん、この光景を見るために、此処へやってきたんだ・・・・
 この景色を目に焼き付けて、復興のために立ち上がる人たちを応援するために
 私は英治と一緒に、此処までやってきた。
 でもそのために、私はいったい、何をすればいいのだろう、
 私に、いったい何が、出来るんだろう・・・・)



 日本三景のひとつ「松島」が近づいてきた。
仙石線・高城町駅の付近で、二人は代行バスから降りる。
降りた場所から、島々が点在する景勝地、松島の風景が望める。
傷跡の修復をようやく終えた観光地が、これから来るはずの観光客たちを
静かに待ちうけている。


 海に点在する島々が、はやばやと、かつての輝きを取り戻しつつある。
複雑な湾の地形が、大津波の威力を半減させたためだ。
だが見れば、自分の足元や、橋の周辺には、いくつもの亀裂が走っている。
陥没したままで修復されていない場所が、あちこちに見える。
歩行者の注意を促すためか、危険個所は亀裂に沿って白い線が引かれている。
まだまだ「完全復旧」とは言いがたい景色が、ここにもひっそりと
残っている。


 「松島と言えば、東北屈指の観光地です。
 大きな傷跡は見えないけれど、やっぱり人が少ないと言うのは寂しいですね。
 観光客が戻ってくるまでは、まだまだ長い時間がかかりそうです・・・・」


 「放射能騒ぎが、間違いなく、此処にも影響している。
 俺も初めて足を踏み入れた時には、目に見えない放射能の恐怖にビビった。
 支援はしてやりたいが、放射能は怖いと言う本音が誰にでも有る。
 放射能の風評被害は、深刻だ。
 さてと。東北本線の松島駅は、すぐ近くに有るはずだ。
 駅で待っているはずの元同僚と言う看護師さんは、40歳代半ばで、
 ちょっとふくよかで、色白の別嬪さんだと、メールに書いてある。
 なるほどね・・・・
 ほら。ご丁寧なことに、本人の顔まで添付してくれた」


 英治がノートパソコンを開き、別嬪だという画像を見せる。
どこかの避難先のひとつで、たまたま撮影されたツーショットだ。
メールを送ってくれた本人と、元同僚という女性が仲良く並んで
可愛い笑顔を見せている。

 (この笑顔が、きっと、たくさんの被災者たちに
 心の元気をあげたんだろうなぁ・・・・
 笑顔のナイチンゲール、そのものに見えます。
 どんなに大変な状況の中でも、女性は、笑顔を忘れないことが、
 一番、大切なことなんだなぁ)


 元同僚のこぼれるような笑顔を、しっかりと眼に焼きつけながら、
響も、心の中で(私も笑顔を大切にする女性になろう)と、ひそかに誓う。


 (でも・・・・被災地に来てから、何かがざわざわと私の中で動き始めた。
 心の中で、何かが熱く燃え始めてきた。 
 これは一体なんなのだろう?
 英治と2人で駅に向かって歩いているこの光景も、
 いつかどこかで見た覚えが有る。夢で見たのだろうか。
 朧(おぼろ)に、こんなシーンを、何度も見たような記憶がある。
 予兆かしら。それともただの錯覚かしら。
 でも、ここへ来るということが、ずっと以前から決まっていた気がする。
 何が騒いでいるんだろう。私の胸のザワザワは。
 この胸騒ぎの正体は、いったいなんだろう・・・・)


 松島駅へ続く橋の上から、もう一度響が、松島湾を振り返る。


 (ここから見た景色だったのかしら・・・・。
 橋が有って、海が有って、そこから私は橋を渡り、一人の女性に会いに行く。
 暗示みたいなあの映像は、やっぱり夢の予兆だったのかしら。
 この橋を渡って私は今日、駅前で待っている女性に会いに行く。
 そこで私は、私にとって、転機になる衝撃的な話を聞くことになる・・・・
 そんな夢を、私は何度も見てきたような気がする。
 これから、実際の場所へ、私は行こうとしている。
 なんだろう・・・いったい、なにが、私を待っているのだろう)

 立ち尽くしている響の耳へ、英治の大きな声が届いてきた。


 「お~い、そこで寝ぼけながら夢を見ている、女の子!。
 置いて行くぞ。いい加減にしないと。
 それともなにか、もう、親が恋しくてホームシックにでもかかったか。
 まぁ今さら・・・・そんな歳でも無いと思うがね!」


 (あの馬鹿野郎。あとで思い切りひっぱたいてやる。
 私が大切なことを思い出しているというのに、空気が読めないトンチキめ。
 絶対に許さないぞ。秋田生まれの、山ザルめ。)

 響が橋の上を、脱兎のように駆けだていく。