連載小説「六連星(むつらぼし)」第36話~40話
ホテルを出ると、表の歩道に、駅へ向かう人たちがあふれていた。
通勤を急ぐ人たちに混じり、高校生たちの姿も見える。
響と英治も人の流れに押される形で、仙石線に乗るために石巻駅をめざす。
三陸海岸を走る仙石線は、あの日の津波で著しい被害を受けた。
全区間の6割以上で、壊滅的といえる被害を受けている。
石巻と矢本駅間が最近になって復活したが、電気設備は壊れたままなので、
臨時に用意されたディーゼルカーが、2つの駅の間を往復している。
矢本行きの列車には通学の高校生と、通勤と思われる人たちが乗っている。
その中に、ぽつぽつと復旧工事に携わるらしい作業員たちの姿もある。
矢本駅から先は不通になっているため、代行バスに乗り換える。
代行のバスは、レールと並走をしている国道を、仙台方面に向かって走る。
鳴瀬川と吉田川にかかる2つの橋を超えると、バスはすこし高台に出る。
川に沿って、土手上のホコリだらけの道を走りはじめる。
「初めて此処へ来たときは、津波で押し流された自動車とがれきが、
ここの田圃一帯を文字通り、びっしりと埋め尽くしていた。
凄い光景だったぞ。津波が運んできたがれきの量は。
思わず俺の足が震えたことを、いまでも鮮明に覚えている。
津波の凄まじさを見せつけた、そんな場所のひとつだ」
英治が指さす彼方には、一面の田圃が広がっている。
一面を覆い尽くしたがれきと自動車は、今はすべて跡形もなく撤去されている。
ゴミは片付いたが田圃には、いたるところに、赤い水たまりが出来ている。
大きな爪の傷跡のように、田圃の中にひび割れが走っている。
(ここは東北でもトップクラスの、穀倉地帯だったたはずだ。
塩水をたっぷりとかぶった土地は、果たして生きかえるのだろうか。
まして、第一原発からの、深刻な放射能の影響も有るはず。
この土地は、本当に復活できるのだろうか、田圃も人も、農業も)
遮るものが無くなった風景の中で、重機が黙々と作業している。
重機が黒い煙を吐きながら、田圃の修復作業を進めているが、何故か
それが、むなしい努力のように見えてくる。
(かすかな希望をもとめて、重機が土を掘り起こしている・・・
まだ希望と呼べるものが、かすかに、ここには残っているようです)
響がそんな言葉をつぶやいたとき、かすかな希望を根底から打ち砕く、
絶望の景色がバスの前方に、ゆっくりと近づいてきた。
見渡す限り平たんな穀倉地帯から、野蒜(のびる」地区へ
入った瞬間、いきなり景色が豹変する。
野蒜(のびる)駅にさしかかると、さらに風景が悲惨さを増す。
壊れた家屋や、商店が、被災した時そのままに、放置されている。
駅前には、「仙石線を早急に復旧させよう」と書かれた、
大きなのぼり旗が、空しく風に揺れている。
野蒜駅周辺は、災害の復興計画から切り捨てられた一帯だ。
受けた被害が、きわめて甚大過ぎるためだ。
大きく破壊された仙石線の線路は、もはや使い物にならない。
3年以上の年月かけて、線路と駅を、今よりも500メートルほど内陸へ
移設するという計画がすでに決まっている。
放棄する事が決まった駅や周辺の建物は、修復されることもなく、
荒れるに任せて放置されている。
(被災地が、本当の意味で復旧を果たすためには、
気の遠くなるほどの長い時間と、労力を必要とするんだわ。
建物は修復できても、人の心の傷の修復には、さらに膨大な時間がかかる。
復興と言うものは、人の忍耐力が試される事業だ。
それにしても寂しいなぁ。
長年住み慣れた愛着ある家を、修復することも出来ず見捨てるなんて・・・
寂しすぎますねぇ。辛すぎます)
作品名:連載小説「六連星(むつらぼし)」第36話~40話 作家名:落合順平