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たららんち
たららんち
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欲しいもの、大切なもの

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 荒くなった息を抑えながら、私の心は浮き足立っていました。同じ息を切らすのでも、走るのと病気ではこんなにも違うのか! 生きてきた中で、こんなにも充足感を得たことはありませんでした。
 息を整え歩いていくと、どうやら私が見たアーチは想像したものとほとんど違いがありませんでした。
 アーチに書いてある文字を読もうとしていると、それを助けるようにあたりの霧は薄れていきました。
『ようこそ! おもちゃの国へ!』
 そう書かれたアーチを見て、さらに視線を上げると、そこには現実とは思えない光景が広がっていました。
 大きい車輪のようなものに、いくつものカゴがぶら下がっています。これはきっと絵本で見た観覧車というものです。
 長いレールがわっかになっていたり、急な上り下りを繰り返しています。これはもしかしてジェットコースターというものでしょうか。
 ほかにも小さい車が走れるようなところもありましたし、お馬さんが馬車を引いて楽しそうにダンスをしています。
 さらに私をびっくりさせたのは、おもちゃの国にいる人たちでした。みんながみんな、背中からぜんまいを出していました。時々止まったかと思うと、元気な誰かが背中のものをくるくる回して、何事もなかったかのように歩き出しているのです。
 そんなおもちゃの国に、私はすぐに夢中になりました。
 ジェットコースターに乗って大はしゃぎ。車に乗ってタイヤの壁に激突してしまったり、ほかの人と一緒に、止まってしまった人のぜんまいをくるくると回したりしていました。
 実は、ジェットコースターや車も、実際のものとはいくらか違うものでした。実際は電気やエンジンで動いているようですが、ここではどちらもぜんまいで動いていたのです。
 動き始める前に、くるくるくるくるとぜんまいを回して、もう少しで始まるのか、と思ったころに回していた人が止まってしまってやきもきしてしまいました。
 最後に乗ったのは観覧車でした。この観覧車はとても大きく、凱旋門三つ分ほどあるのではないかと思ったほどです。もっとも、凱旋門も見たことはないのですが。
 カゴの中に入ると、中心にぜんまいが埋まっていました。入り口の窓を見てみると、『このアトラクションは大きいので、みなさまのお力をお貸しください』と張り紙に書いてあります。 
 私はそれを見てとても楽しい気持ちになりました。こんな大きなものをみんなの力で動かす。しかも、その一員に私も加わっているのです。こんなにもうれしくて楽しいことがあるでしょうか!
 私は一心不乱にぜんまいを回しました。一回、二回、三回とまわしているうちに、目が回ってきてしまうほどでした。
 突然、ごとんという音がして、顔を上げてみるとゆっくりと外の景色が動き始めています。
 ついに、私たちの力でこのとても大きな観覧車が回り始めたのです!
 私の胸は誇らしい気持ちでいっぱいです。
 そのはちきれんばかりの気持ちを抱いたまま、高くなっていく景色を眺めていると、誰か見覚えのある人がいました。
 白いシルクハット、すらりとしたタキシード。上から見えるのはそれだけでしたが、間違いありません。彼でした。
 私の胸がどくんとはねます。
 そうでした。私は彼を探していたのです。目の前の不思議や素敵に夢中になって、本当に大切なものを見失っていました。
 こうなると、大きな観覧車はもどかしいものです。ゆっくりと、動いているのかもわからない速度で回っているのをじっと待つのはつらいものでした。
 彼が行ってしまうのではないか、見失ってしまうのではないか。そう思うと、いてもたってもいられません。
 急いで。
 急いで。
 そう念じてしまう私がいました。
 するとどうでしょう。観覧車の速度が明らかに速くなっています。私は目を見張りました。
 急げ、急げ、急げ。
 観覧車はぐんぐんと速度を上げていきます。本来なら十五分はかかるであろう一周を、ものの三分で済ませてしまいました。ほかのお客様には申し訳ありませんが、こればかりは許していただきたいものです。
 カゴから飛び出た私は急いで彼を追いかけました。彼はどうやらおもちゃの国から出るようです。
 彼の背中を追いかけていくうちに、私の身体に疲労以外の何かが蓄積されていくのを感じました。それでも私は止まらずに彼を追いかけます。ようやく見つけた彼を見失いたくなかったのです。
 おもちゃの国のゲートを通り過ぎ、私が最初にいた石畳の橋の上まで来ると、彼はようやくその足を止めました。あたりにはいつの間にか、最初のように霧が出ていました。道の先は何も見通せませんし、後ろも何も見えません。 おもちゃの国の喧騒がうそのように静まり返っています。
 ようやく彼に追いついた私の身体は、熱があるかのようにだるく、汗をかき、くらくらして今にも倒れてしまいそうでした。
 そうです。これが本来の私の身体。今までの私の身体は、本当の私の身体ではないのです。
 最初に口を開いたのは彼でした。
「探し物は見つかりましたか?」
 その声は、私がいつもおしゃべりをしている彼と同じでした。けれど、いつもより心なしか棘があり、突き放したような感じをうけました。
「あ、あなたのことを……探して、いたの」
 息も絶え絶えに、私は答えます。もうこのまま倒れて眠ってしまいたい衝動をこらえて、必死に意識を保って彼の背中を見つめていました。
「それは、本当にあなたが探していた物ですか?」
 彼が振り向きながらそう言います。凛とした横顔が見えたと思うと、次にはきりりとした緑色の両目で私を射抜いていました。杖を持った右手を胸の前にもってきている彼は、まるで映画のワンシーンのように画になっていました。
「本当に……わた、しが探していたも、の?」
 何を思って彼はそんなことを私にいったのでしょう。私が探していたのは彼でしかありえないのに。彼を探すために私はこんなに辛い身体を立ち上げているのに。
「あなたがいつも、欲しいと思っていたものは何ですか?」
 私が欲しいと思っていたもの。
 そもそも、私はなぜ彼を追いかけたのでしょう。なぜ、彼を失くしてあんなにも動揺してしまったのでしょう。
 彼は、彼は私にとってなんだったのでしょう。
 一緒におしゃべりをしたり、泣いている私を励ましてくれたり、彼は私のことをいつも案じてくれました。まるで、そうするのが当たり前かのように。
 それは、私が窓から見ていた仲のいい子供たちのようで、そう、まるで友達のようで。
 友達の、ようで……。
「わたしが、欲しかったも、のは……とも、だち」
 相変わらず、私の身体は悲鳴を上げています。言葉も切れ切れですが、何とか彼には聞こえたようです。
「そう、あなたが欲しいのは友達。あなたの探しているものは、ここにはありませんよ」
 彼は、杖を持った右腕を後ろに向けて。
「向こうにあるのです」
 そう言いました。
 私は、自然とその杖の先を見ました。すると霧が少しずつ晴れて、先の景色が見えるようになっていきます。子供たちが元気に走り回っていたり、飛び跳ねていたり、それはとても楽しそうに見えました。