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連載小説「六連星(むつらぼし)」第31話~35話

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 「いいえ。子育てに関しては、いたってどうこうありません。
 何度かは辛いと思ったことも、ありました。
 でもそれ以上に、おおくの人から、優しさと暖かさをいただきました。
 あの子の可愛いい笑顔に、私の方が、何度も助けられました。
 あの子は、私が父親のことを、一度も口にしてこなかったため、
 自分も絶対に口にしないと、心に決めていたのだと思います。
 私の過ちが、あの子をそんな風に育ててしまいました。
 でも、いつの日か、あの子が、父親に会いたくなる時がやってきます。
 あの子は、24年間も、その寂しさをがまんしてきたのですから。
 その時がついにやって来たのだと、私も反省しています」

 「24歳の我が子が、突然目の前に現れたんだ。びっくりしたさ。
 でもそれ以上に、嬉しかった。
 あの娘が家出をして、この桐生に来なければ、おそらく一生にわたって
 隠し通したかもしれない、君の頑固さと覚悟ぶりに、
 俺は、もっと驚いた」


 「だから、それはもう、充分に謝ったでしょう。
 それとも正直に告白していれば、24年前のあの日の出来事が、
 違う方向に、変っていたかしら? 」


 「子どもが出来たことを、あの時に知っていれば、もしかしたら、
 山奥の温泉で、俺は、芸者の亭主に収まっていたかもしれない。」

 「馬鹿なことは言わないでください。よく言うわあなたも。
 駆けだしの板前さんに、女房と子供を養う余裕などは、ありません。
 そのうえ、私よりも好きな同級生が、あなたにはちゃんと居たでしょう。
 お互いに割りきった火遊びだと、私は最初から覚悟を決めていました。
 修行が終われば、桐生で待っている同級生に、あなたを返すつもりでした。
 そのくらいの気持ちでいなければ、あなたと別れられなくなります。
 好きになりすぎたら、あなたを手放せなくなります。
 お付き合いの最初から、私はそんな覚悟をすでに決めていました。
 ですもの・・・・響が出来たなんて、あなたに言えるはずがありません。
 どうやって育てるのか、あれこれ考えたけれど、それでもやっぱり、
 貴方には黙ったまま、一人で育てるということで、覚悟を決めました。
 花柳界で働く芸者だもの。
 父親の解らない子供が一人くらい居ても、それは、
 芸者の武勇伝のひとつです。
 そこまで腹を決めたらもう恐いものなんか、何一つなくなりました」


 「あの子は湯西川で、ずいぶん、大切に育ててもらったようだ。
 あの子から、何故か、育ちの良さを感じる。
 周りの大人たちが、大切に育ててきたという愛情を感じさせる。
 素直に育ってきたのは、きっとそのためだろうな」

 「湯西川は、田舎の温泉地です。
 置き屋のお母さんと、老舗旅館の若女将が味方につけば、
 もう、万全を絵に書いたのと同じことで、鬼に金棒になります。
 思慮も財力もある女たちに囲まれて、響は何ひとつ不自由なく育ちました。
 ただひとつの不足をのぞいては、という意味ですが・・・・」

 「父親がいないために、男の愛情を知らないという、意味なのか?」

 「響は、おおくの女たちに支えられて育ちました。
 短大へ行くまで、女たちばかりに囲まれて生活をしてきました。
 でも大人になった響には、もうひとつの、別の存在が必要になったようです。
 見た目には大人ですが、響の内面は、まだ少女のまんまです。
 ようやくのことで男性へ、あの子の関心が向くようになったきたようです。
 本当の意味で、大人のなるための脱皮の時期が来たようです。
 遅すぎましよねぇ。24歳になって、はじめてそんなことに気が付くなんて。
 そうなると、もうひとつの心の拠り所が、必要になります。
 貴方を探して、父親が恋しくなって、きっとここまで来たのだと思います」
 
 「俺は、響の最初の異性になる、と言う意味か・・・・」

 「あら。モルモットにされるのは嫌いなの?
 少女は、父親から最初の男性を意識すると、教わったことがあります。
 普通の家庭で暮らしていれば、自分の父親を最初の男性として、
 意識し始めるようになります。
 男親を知らない響には、ボーイフレンドがいつまで経っても
 出来ませんでした。
 いいえ。最初から臆病者の響のほうが、男性と親しくなるのを、
 避けていたのだと思います。
 ある意味で響には、男性への免疫が有りません。
 そんな自分の殻を破るための、はじめての行動が家出です。
 父親探しの旅だった、と思います。
 でも予想外ですねぇ。
 難航すると思ったのに、あっさり貴方を探しあててしまうとは。
 私も思いもしませんでした。
 あの子は、本能的に、あなたを探しあてたようです。
 ここだけの話なのですが・・・」

 「えっ、ええ・・・・本能的に、俺を見つけ出した!。
 どういう意味だ、それは」

 「貴方に会ったその翌日、響から私へ、メールが届きました。
 『お父さんみたいな人を、昨日、見つけました』と。
 どうしましょう、あなた。
 私たちはどうやら、響に、足元を見られているようです。
 告白するタイミングが、微妙すぎて、難しくなってしまいましたねぇ。
 困りましたねぇ・・・うっふっふ」

 口ぶりとは裏腹に、清子は嬉しそうだ。
町並の見物に飽きた清子が、くるりと振り返る。
俊彦の肩へ頭を寄せると、どこかで聞いたことのある流行りの歌を歌いだす。
南東から吹いてくる3月の風の中に、ほのかに梅の香りが漂ってきた。
しかし、いくら目を凝らしても、高台から梅の花を見つけることは出来ない。

 (まもなく、東日本大震災から一年が経つ。
 梅の季節が咲く季節がやってきたんだ。桐生にも・・・・
 それにしても響も難問だが、清子もなんとなく、手ごわい存在になりそうだ。
 どうなるんだいったい、この先の、俺たちは・・・)

 温かい南風の流れの中に、梅の花の香りに混じり、
清子から漂うキンモクセイの香りが、俊彦を、誘うように近づいてきた。