連載小説「六連星(むつらぼし)」第31話~35話
「そうよねぇ・・・・
此処から見下ろす景色は、私たちが育った30数年前と、
まったく同じ景色のままです。
桐生は、時間が止まったままの町ですね。
あそこに見える、赤レンガの織物工場の辺りと、天満宮の境内で
小学生時代の大半を過ごしたわ。
水道山公園と、足元に見える吾妻公園で私は、中学生の
大半の時間を過ごしました。
此処から見る景色は、いくら見ても飽きがきませんね。
子どもの頃の懐かしさが、そのまま残っているんだもの。
粋な街ですねぇ。桐生の町並みは・・・」
展望台の手すりに身体を預けたまま、清子が懐かしそうに市街地を見つめる。
ポケットを手さぐりしながら、煙草を探していた俊彦が、
しばらくしてから、あっと気がつく。
(そうか・・・・こいつは、借りものだ。道理でタバコが無いはずだ)
清子に命令されて、着替えてきたばかりのお揃いのジョギングウエアだ。
「忘れたんでしょ。あなた。
うふふふ。そういうところは、いつまでたっても変わりませんね。
そんな事だろうと思って、私が予備を持ってきました」
清子が自分のポケットから、新品の煙草とライターを取り出す。
「流石だね。君は」受け取った俊彦が、一本目の煙草に火をつけると旨そうに、
ゆっくりと煙を吐き出していく。
「ねぇ・・・・もうひとつ、聞いてもいいかしら。
あなたは、もう、自分の口から白状をしたの?。響へ。
実は俺が、お前の本当の父親だって」
「言えないだろう。いまさら。
正直、どうしたものかと面食らったままでいる。
チャンスが無いと言うか、言い出すためのきっかけが、俺にはつかめない。
なんだか、ず~とこのままでも良いような、そんな気もしてきた」
「そうなの?。大変ですねぇ、あなたも。うふふ。
響を初めて見た時に、あなたは、どんな風に感じたの。
遠慮しないではっきりと、言ってみて。
実はねぇ・・・・響が家出をした時、漠然とだけどあの娘は、
あなたの目の前にあらわれるような、そんな予感がしていたの。
あの娘は、家出の本当の理由を言わないけれど、
たぶん、父親に会いたくて家を出たのだと思います。
『父親に会いたい』などと、一度も言ったことがないまま、
響は、24歳まで育ってきました。
父親の事を知らず、お嫁に行くものとばかり、決めつけていたのです。
そんな風に考えていた私が、やっぱりあさはかでした。
あの子は、父親に逢いたいという気持ちを、ずっと心の中に秘めてたまま、
今日まで生きてきたんです。、
あの子に家出をされて、はじめて私は、そのことに気が付きました」
「いい子だと直感したよ。それは本当のことだ。
なぜか素通りがすることができずに、なりゆきのまま助けに入っちまった。
気が付いたら、なんだかんだとお節介をやいている俺が居る。
なんだか、ごく自然に、面倒をみる展開になっちまった。
どこかに不思議な縁でもあるのかなと、最初はそう思った。
もしかしたら、この子は俺の娘かもしれないという、直感的なものも、
どこかで、感じていた」
「これが親子の、因果というものなのかしらねぇ?
それにしても、出会うべくして、父と娘が出会ってしまったようです。
もう私に、この流れは止められません。
それで、これからどうしたいの、この先のあなたは」
「君に、響という娘がいたことを知ったときは、衝撃だった。
それが自分の娘だと知った時は、もっと衝撃だった。
だが時間が経つにつれて、君と響に、感謝の気持ちが増してきた。
ずっと一人っきりの人生だろうと、すでに覚悟を決めていたが、
思いがけなく、家族が出来た。
いや。君とは他人のままだから、娘が出来たというべきかな。
だが・・・俺と君の間には、24年と言う空白の月日が横たわっている。
響の出現におおいに驚いたが、それ以上に、
君には、大変な苦労を背負わせてしまったようだ。
大変だったろう。 芸者の身で、子供を育て上げるということは。
しかも、24年間も俺に黙ったまま、君は響を育ててきた・・・・
響の顔を見たことで、君の24年間の苦労に、あらためて感謝している」
作品名:連載小説「六連星(むつらぼし)」第31話~35話 作家名:落合順平