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連載小説「六連星(むつらぼし)」第31話~35話

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 石巻の駅前には、ピンク色の大きな建物が建っている。
市役所として運用されている建物で、もともとは市内の有名デパートだった。
駅前に、キャリーバッグをひきずったスーツ姿の一団が現れた。
行政団体からの、派遣部隊のようだ。
隊列を組み直した一団が、重い足取りでピンクの建物に向かって
黙々と歩きはじめまる。
もう一組、整列中のデイパックを背負った混成の一団が見えた。
こちらは、有志によるボランティア部隊だ。
石巻ではいまだにこうした支援が、毎日のように続いている。

 
 予約した宿は、駅から徒歩5分の距離にあるホテルだ。
何度も金髪の英治が利用してきたホテルで、今回もまたそこを予約した。
多くの人間が、支援や復興事業などの目的で、石巻市へ集中的に集まってくるため、
市内のホテルが、どこでも満杯に近い状態になっている。
このホテルも津波によって大きな被害を受けたが、最低条件だけを整えて、
急場しのぎで復旧を果たした。
最近になり、ようやく細部の修復を終え、快適に近いホテルとして
全面的な通常営業にこぎつけた。

 フロントで、ちょっとしたハプニングが2人を待ちかまえていた。
支援に来た団体が強引に宿泊を申し込んだため、ホテルの部屋に不足が出た。
英治が予約した2つのシングル部屋のひとつを、団体のために譲ってほしいと、
フロント譲から、頼み込まれた。
当惑顔をしている英治を尻目に、響は、笑顔でこの申し入れに
快諾の返事を返す。

「お前はまったく、勇気が有るなぁ。いいのかよ、一緒の部屋でも」

 英治がエレベーター内でつぶやいている。
「あら。遠くからわざわざ来たボランティアの人たちに敬意をはらって、
お部屋を譲っただけです。
別に、新婚気分を味わいたいと言う、意味では決してありません。
そこのところは、誤解をしないでくださいね」と、反対側の壁に離れて、
響が笑う。

 「それは、俺を信用していないと言う意味か?」

 「あら。信用して大丈夫なのかしら、君は。
 まだ一度も口説かれてもいません。あなたからは。
 それに、夜中に突然襲うのだけは、やめてね。
 私、夜中に一度目が覚めてしまうと、眠れなくなってしまう性質なの」

 「じゃあ眠る前なら、OKなのか?」

 「どスケベ。他に考えることは無いのかしら、あなたって人は!
 どうしていつも・・・・女を見れば、Hをすることばかり考えるのさ」

 「なんだよ。お前が先に言いだしたくせに・・・・
 俺はまだお前さんに、ちょっかいのひとつさえ、出していないだろう」

 「私だって思いがけない展開です。
 でも、お部屋を一つ譲れば、助かる話だもの。誰でもきっとそうするわ。
 でもさ。譲ってから、ドキドキしてきちゃった。
 男の人と、一つの部屋で眠るなんて、まったく初めての体験です。
 夜中になにかあったら、あんたの親分の岡本さんに緊急で、
 SOSを発信しちゃうから、覚悟してちょうだいね。
 了解かな?。ふふふ。自称、童貞君」

 2人のためにあらためてホテル側が用意をしてくれた部屋は、
最上階の6階にある。
ドアを開けてみると、8畳ほどのスペースに2つのベッドがならんでいる。
スタスタと歩いた響が、真っ先に窓のカーテンを開ける。
見下ろした空間の足元に、広い道路が走っている。
街灯が点々とつき、たくさんの自動車が頻繁に行きかっている。

 だがそのまま遠くの方へ目を転じると、灯の消えた民家ばかりが目立つ。
(なんということだろう。民家の明かりが、まばらにしか見えないわ・・・・
ここはまだ、普通の生活が取り戻せていない街なんだ。
これが、被災地の夜なのか。日が暮れたら、本当に真っ暗なんだろうな。ここは)
見渡す限りの石巻の様子を、ただひと言、『暗い』とだけ響は感じた。

・・・・・・・・・・・

 「おっ・・・・、まだ有ったぞ」

 窓際に置かれた小さなデスクで、自前のノートパソコンを操作していた
金髪の英治が思わず声を出した。
その声につられた響が、湯上りの浴衣のまま、液晶の画面をのぞき込む。

 「なんなの、これ?。誰からのメール?」
 

 「3・11のとき、石巻から発信された、拡散希望メールのひとつだ。
 東日本大震災から1カ月がたったここ石巻から、亀田総合病院の小野沢という
 医師が怒りと悲しみをこめて、全国に向けてメールを発信した」

 「拡散希望メール?、なんなのよ、それは・・・」

 「ツイッタ―などで、括弧付きで拡散希望と入れておくと、
 同意した人や共感者が、つぎつぎと連鎖的に転送していくというシステムだ。
 ただし震災の直後には、こういうメールが頻繁に出回った。
 中には、根も葉もない事実無根の便乗デマや、
 悪戯目的や、中傷などの、いい加減なものも数多く出回った。
 だがこいつは、それらとはまったくの別物だ。
 冷静に、事実だけを現地から発信した、きわめて貴重なメールだ。
 君も、読んでみるかい」

 金髪の英治に言われるまでもなく、すでに響の好奇の目は、
画面に、ピタリとクギづけになっていた。