エッセイ集:コオロギの素揚げ
五月山季節語り―これだから、面白い―
昨年は災害が多かった。私の居住地においては、6月18日に震度5の地震。7月5日から7日に続く連続雨量399ミリの大雨。これにより杉ヶ谷の一部は土砂に埋まった。7月29日に台風12号が上陸し暴風雨。8月23日に台風20号が上陸し暴風雨。9月4日に台風21号が上陸し暴風雨。9月30日に台風24号が上陸し暴風雨。しかも、連日の猛暑。
台風21号は過去最強の暴風をもたらし、多くの街路樹が倒れ、電線に引っかかるなどして広域にわたって停電。我が家では8時間後に復旧したが、周辺地ではもっと長い時間、不自由したところがあった。
この台風21号は、五月山でも多くの大木をなぎ倒していったのである。すべてのハイキング道は、一部を倒木で塞がれてしまった。それでも毎日登山している人たちは、何があってもめげないものである。
「わしら年寄りは毎日歩いとらんと、足がすぐ萎えるんや」
倒木の下をくぐり、跨ぎ、横の隙間に迂回しているうちに、木の枝が切断されて空間ができる。毎日少しずつ歩きやすくなっていった。植木ばさみやノコギリを持参する人がいるからである。
台風から1週間後、“倒木のため通行禁止”の札がすべてのハイキング道に立てられたが、みな、木でハナ(鼻)をくくる態度だった。
杉ヶ谷は、太い大木が完全に道を塞いで通れなかった。急斜面に下りないとその木を巻けない。数日後、誰かは知らないがチェーンソーで張り出した枝を切り落とし、その横に細い通り道を作った。
台風から9日後、杉ヶ谷を歩いた。倒木をくぐり、跨いで・・・。
・・・杉ヶ谷上部、道のすぐそばにある杉の木の根元に、鹿が死んでいるではないか。近づいて観察した。立派な体格をした牡鹿である。死んでからそれほど時がたっていない様子であった。左前足の毛がなくなっていた。負傷して舐めまわしたに違いない。骨折だろうか。
またとないチャンス。自然の中の死体を観察することが、である。きっと、変態、と思われるだろうが、かまわない。ひどい腐臭が付近一帯に充満したとき、2日間だけはその道を歩かなかった。
「角欲しがってるもん、何人かおるで。早いもんがちやな」
以前、角付き頭蓋骨(鹿トロフィー)を故郷から送ってもらったことを聞いて、「私も欲しい」と話した人だ。
翌朝早速、鹿の頭を隠した。まだ皮膚が付いたままの状態である。それ以降、角の話はぱったり途絶えたそうである。
さてその頭。ひと月半の間、秘密の場所に隠しておいた。倒木の処置が始まりそこに近づけない恐れが出てきたので、完全に皮膚がなくなってはいなかったが、臭いも少し残っていたが、背負い袋に入れて持ち帰った。いつ見つかるか、傷が付かないか心配だったが、無事我が物にできて、まずはひと安心。
教えてもらった方法で鹿トロフィーを作製。そして、4月のクラフト展(30ページ参照)で展示できることになった。
見る人の度肝を抜き、欲しがっていた人たちのビックリ顔を想像して、ワクワクしている――ガッハッハッハッハッ。
2019年 2月14日
作品名:エッセイ集:コオロギの素揚げ 作家名:健忘真実