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エッセイ集:コオロギの素揚げ

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キツネにバカされた? 不思議な出来事



 山を歩いている時、段差の大きい所・油断できない所は別として、目は無意識に足元の地形を捉えて適当な場所に足を運んでいる。
“無意識に” というのは頭の中は、つまり意識は心の内に向かっている状態にあるのが、私の常なのである。
 
 岡山県蒜山高原にある皆ヶ山を歩いていた時のことである。
 キャンプ場のすぐそばにある標高1152メートルの、頂上まで往復3時間程度のコースがある。犬連れの私たちはいつも人気のない、あるいは敬遠されそうなルートを選んでいる。その日はゴールデンウィークではあったが前半の平日なので、しかも早い時間でもあり人の気配は全くなかった。
 リードをはずすと犬は意気揚々として先頭を、尻尾を水平にたなびかせて駆け、私たちの姿が見えない所まで行くと戻って来るか、その場で臭いをかぎ回りながら近づくのを待っている。あるいは、動物の臭いを捉えると藪の中に入り込んで行っては、置いて行かれまいと駆け戻って再び先頭を配している。
 
 何度も歩いたことのある1本道を、ふたりは自分のペースで歩いていた。頂上近くなると雪が残っていた。シャーベット状になった雪に運動靴が少し沈む程度で、靴下が濡れることは承知の上、慣れているのでそのまま歩き続けた。
 私の視線は雪の上の足跡を追っていた。連れの大きな靴跡に犬の小さな足跡が入り混じっている。一方頭の中はいつものように、思索に没頭していた。そして、大きな石畳みのように連なっている箇所に出た。
 あれ? と疑問符が頭の隅をかすめただけでそれ以上そのことについては考えることなく、当たり前のごとくトラバース気味に進んだ。
 いくらか進んだ所で、はっと、現実に返ったのである。
 そこは通ったこともない場所であり、無論踏み跡もない。右側は急傾斜となりその先は切れ落ちているようである。左側は藪。どこから道に戻ればよいのか。
 犬の名前を呼んだ。そして連れの名前も。10秒ほど待って再度、さらに大きな声を出した。
 犬が藪の間を縫って跳び出して来た。その姿を見るとほっとした。
 遅れて、「ここから来れるで」と連れの声。
「なんでそんなとこ行ったんや」
との言葉に、
「キツネにバカされたみたい」
としか言いようがなかった。
 確かに、私は、足跡に従って歩いていたのだ。

 頂上は濃淡のある霧が強めの風に流され、次々とわき上がってきていた。寒くて早々と同じ道を下って行ったが、間違ったとこら辺に近づくと注意深く目をはしらせた。
 そこには、私の小さな足跡が残っているだけだった。
 あの、確かに捉えていた足跡は、目の錯覚だったのだろうか。

 まぶしい若葉に混じって山すそ近くにポツポツと見えているピンク色をした山桜。その先に広がるのどかな農村風景を雪道に立って臨んでいると、
「日本は平和やなぁ」
と、しみじみと感じ入られたのである。


                   2014年10月10日