愛されたがりや
不安定な心は、多感な少女期にも影響を及ぼした。
私の歪んだ心は更に捻(ね)じ曲(ま)がり、修復不可能となった。
多情多恨な故に起こり得る妄想。
それは、被害妄想と言うべきなのだろうか。
これからは、父がいないものとして生きていく、と決めたあの頃。
父が居るのに、いない。
居ても、いない。
目の前に居ても、いない。
そう思い込むことで、私は精神のバランスを図ろうとしていたのかもしれない。
けれど、時々父親に甘えたい時だってある。
そんな時は、私だけを愛してくれる理想の父を作り上げることにした。
皆は笑うかもしれないけれど、私には必要だった。
そこは、とても楽しい世界だった。
現実ではありえない世界。
現実離れの世界観。
それらが、私中心に一面に広がる。
独占欲の強い私だけに、この世界は父を独り占め出来るし、ましてや誰かに父を盗られる心配もない。
私だけの、楽園。
けれど、時間が経つにつれ、妄想の父親じゃ物足りない。
生身の温もりが欲しくなる。
勿論、誰でもいいって訳じゃない。
父の背中に似ている相手じゃなければいけない。
だって、それが私の特等席なのだから。
そうやって私は、いつしか妄想と現実の狭間を彷徨い続けるようになっていった。
というのは嘘で、24時間のほとんどを費やし妄想の世界にどっぷり浸(つ)かっていたのかもしれない。
しかし、不意に訪れる現実。
今、自分はどこにいるのか。
現実なのか。
妄想なのか。
それさえも分からないまま、人知れずパニックに陥る。
その混乱ぶりは、実の父が目の前に現れた時ほど激しさを増した。
現実の父は、理想の父とは遥かに異なっていたからだ。
それが、時々もどかしい。
苦痛さえ感じるようになっていた。
そして、その現実は私に更なる苦痛を与える。
私が成長するにつれ、大きかった父の背中が段々と小さくなっていく。
唯一、父として認めていた部分が、私の前からいとも簡単に消えていったのだ。
それが許せなかった。
愕然とする私に追い討ちを掛けるように、憎悪と嫌悪感が襲い、もっと父が嫌いになる。
私の父は立派でなくてはならない。
立派過ぎるほど立派過ぎて、私が気安く近寄れないほどのオーラを出していなくてはならない。
それなのに、今の父の背中といったら、私の理想からかけ離れて威厳が全く感じられない。
まるで、私を拒絶するように―――。
父を許せない分、私は私で自分自身に傷を作り続けていた。
けれど、それは自分で蒔いた種、なのかもしれない。
たぶん……。
勝手に理想の父親像を作り上げ、勝手に夢物語を重ね合わせ、勝手に自分が悲劇のヒロインを演じて、そこに儚くて美しい、それでいて可哀想な私がいる。
そして、私のそばにはいつも誰かがいて慰めてくれる。
そんなありきたりでくだらない夢物語を、未だに演じている。
夢と現実をごちゃまぜにして、周囲に迷惑を掛け、巻き込んでいる。
だけど、そうと知りながらも、それでも私は皆からの愛を独り占めしたくて、夢から抜け出せない。
何故だか……。
いい加減、いい歳なのだから大人にならなければいけない。
でも、なれない。
大人になることを、私は放棄してきた。
だから、いつまで経っても心は子供のまま。
理想と現実が分かっていない。
いや、分かろうとしない大人になっていた。
だからなのだろう。
自分の非は認めたくないし、認められない。
いつも私が正しい、と。
そんなどうしようもない大人に、私はなってしまったみたいだね。
ねぇ、お父さん?
そう呟いて、私は夏の夜空を見上げた。