愛されたがりや
「頼むから、いい加減にしてくれよ。もう、うんざりなんだよ。お願いだからさ、俺に依存すんの、やめてくれよ。なあ?」
「依存?どこが依存なの?夏樹に会いたいってことが、依存だっていうの?だったら、アタシ、夏樹に会うの我慢する。それだったら、いいでしょ?」
そう言い終えた私に向かって、夏樹は深いため息を吐いて項垂(うなだ)れた。
「あのさ?そういうのが依存だっていうの。分かる?お前、もういい歳なんだから、もっと自立すれよな」
「自立?アタシ、してるつもりだよ。親にも頼らないで、こうして一人で生活してるじゃない。それのどこが、自立してないって言うの?」
「そうじゃなくてさ……」
夏樹が苛ついた表情を浮かべる。
「恋愛に自立しろ、ってことだよ。お前は、恋愛に依存してるんだ。言ってること、分かる?俺には俺の生活があるんだ。一人でいる時間が必要なんだよ。お前に心があるように、俺にも心があるんだ。自分がそう思ったことが、必ずしも俺に当てはまるかっていったら、違うんだ。全てが、お前と同じ考えじゃないんだよ。言ってる意味、分かる?もっと、人のことを考えろ、ってことだよ」
「酷い……。アタシは、いつも夏樹のことを第一に考えて行動してるんだよ。どうして、それを分かってくれないの……?」
「それがイヤなんだよ。全部、俺のためだって言うけど、ホントは違うってこと、なんで分からないんだよ。単なる、お前のジコマンなんだよ。もっと、人の気持ち読めよ」
「そんな……。酷いよ、そんな言い方。そんなふうに言わなくてもいいじゃない。じゃ、どうしてその時にちゃんと言ってくれないのよ。じゃなきゃ、アタシ分かんないよ。言わなきゃ分からないから、言葉があるんでしょ?違うの?ちゃんと言ってくれなきゃ、伝わらないじゃない。アタシは、努力してるよ。思ったことをちゃんと伝えて、夏樹に分かって貰えるように。なのに、なんでそれがダメなの?それがダメだって言われたら、アタシ、これからどうすればいいの……?」
泣くまい、と決めていた。
今日は絶対に泣かない、って。
それなのに……。
ずっと我慢していた涙が、箍(たが)を外したようにポロポロと溢れ出す。
私の泣いている姿を見て、夏樹がため息を吐いた。
苛立ってくると、夏樹はいつもため息を吐く癖がある。
私がすすり泣いている間、夏樹は何度もため息を繰り返していた。
「ハァ〜。ホント、いい加減にしてくれよ。お前、いつも人の話し聞いてないだろ?それに、言えば今みたいにすぐ泣くし。意味分かんねぇ……。ハァ〜。なんかのマニュアル本見て言ってるのか知んないけど、一から十まで説明しなくたって、フツー分かるもんじゃねぇ?っていうか、分かれよ。子供じゃないんだからさ」
また大きなため息を吐き、夏樹は玄関ドアに寄り掛かり腕を組んだ。
「でも、言わなきゃ分かんないよ。アタシ、テレパシー持ってないもん。だから、分かんない。それに、時々夏樹が何考えてるのか分からなくて、アタシ、不安になってるの知ってる?言葉がイヤなら、じゃ、態度でいいから示してくれてもいいじゃない。違う?それだけでも、アタシ、安心するんだよ」
そう言って、私は夏樹の胸に抱きついた。
「やめろよ」
夏樹が、甘える私を突き放す。
「俺にそんな気ないの、お前にだって分かんだろ?もう、俺に甘えてくんな」
「どうして?私達、まだ付き合ってんでしょ。なのに、どうして甘えちゃいけないの?」
「同じこと何度も言わせんなよな。お前もいい加減、納得しろよ。もう、俺達は終わってんの。別れたの。その執着心は、どっからきてんだよ?俺の方が、お前が分からないよ」
と言って、私から視線をそらした。
「それに、ずっと言おうと思っていたんだけどさ、俺はお前の父親でも、その代わりでもないんだよ。彼氏に何を求めてんのか知らないけど、そんなに父親が好きならそういう人を見つけるか、それとも実家に帰ればいいだろ?」
「何よ!今は、お父さんのことなんか関係ないじゃない。なんで、こんな時に私のイヤがる話しをするの。夏樹だって知ってるじゃない。私が、お父さんのことを嫌いだってことを」
急に父親の話題になり、私は血相を変えて声を上げていた。
そして、止めようとしても止まらなかった涙が、いつの間にかピタッと止まっていたのだ。
不思議だった。
父のことになると、涙はおろか感情までもなくなる。
酷く冷酷になれてしまうのだ。
「そんなに父親が嫌いならさ、なら俺に父親がしてくれることを求めてくんなよな。お前のその歪んだ恋愛が、たまらなくイヤなんだよ。頼むからさ、もう俺を自由にしてくれよ。ホント、頼むからさ。でなきゃ、俺、ホントおかしくなりそうだよ」
そう言って、頭を抱えた。
濡れていた髪は、今は半乾きになっていた。
「歪んでるって、何が?アタシ、フツーに恋をしてるだけよ。それなのに、それのどこが歪んでるっていうの?」
「ハァ〜。お前さ、なんで友達出来ないのか、分かる?」
「な、何よ、急に……。話を誤魔化さないでよ。友達くらい、いるわよ。私にだって」
と言って、私は不貞腐れた。
「本当にいるって言える?じゃ、なんでお前の友達、一人も紹介してくれないんだ?俺はしたのに」
「なんで、って……言われても……」
「お前に、札幌に友達がいないってことぐらい知ってるよ。じゃ、なんで友達が出来ないのか、分かるか?」
「何よ……?」
「その陰湿な性格のせいだよ」
「陰湿?アタシのどこが陰湿だっていうの?」
「やっぱ、分かんないか……。お前さ、いっつも誰かのせいにして生きてるだろ?自分の悪いところを認めようともしないで。俺さ、ずっと言わなかったんだけど、っていうか言えなかったんだけどさ、俺の友達にタケルってヤツいるの、お前も知ってるだろ?」
「えぇ……」
「そいつが、言ったんだ。悪い娘(こ)じゃないんだろうけど、性格が暗いのか、そのイヤな部分が顔に出ていて取っ付きにくい、って。そういう娘は、別れ際には気を付けろよ、って忠告もされてたんだ。あの頃は、まだ付き合い始めで気にしなかったんだけど、今思うと、失敗した……、って後悔したよ。お前と付き合ったことを」
「そんなの、タケル君の僻(ひが)みだったんじゃないの?あの頃、タケル君彼女いなかったでしょ。遊び相手の夏樹を取られたから、きっと悔しくてアタシに当て付けでそう言ったのよ」
「お前さ……」
そう言い掛けて、夏樹は浅く息を吐いた。
「もういいよ。このままお前と話しをしてても埒が明かねぇし、それに話せば話すほど、もっとお前がイヤになってくる。これ以上俺が落胆する前に、俺の前から消えてくれ。もう二度と、俺の前には現れんな。分かったな?じゃ」
抑揚のない声で、淡々とそう言い放たれる。
その間、夏樹は私に目を合わせようともしなかった。
さっきまで、チラチラと私の姿を捕(と)らえていた瞳(め)は、その時だけ冷たいコンクリート造りの壁と床を捕らえ続けていた。
悲しかった。
淋しかった。