愛されたがりや
翌日。
昨日とは打って変わり、夏空が澄み渡り眩しい太陽が輝いていた。
課長に連絡を取ったその日の夜の内に、台風は熱帯低気圧に変わり北海道から遠ざかっていった。
台風一過が過ぎ去った後は、フェーン現象で気温は朝からみるみるうちに上昇して猛暑日一歩手前の蒸し暑い一日となった。
そんな空を眺めながら、父の嫌がらせはどこまで続くのだろうか、と不安になった。
私が札幌に戻れないのは、単なる偶然が重なったものと分かっていても、これだけ偶然が重なり合ってしまえば、必然的に仕組まれたのもと思わざるを得ない。
これは、私に対しての父の嫌がらせなのだ、と自然と結びつけたくなる。
でなければ、こうも都合よく台風が来る訳もないし、夢にだって夜毎現れたりしない。
だから、これは偶然ではなく父の嫌がらせなのだ。
と結論付けたら、ますます父のことが嫌いになった。
「翔子?あんた、いつまでいられるんだい?」
リビングでぼーっとしていた私に向かって、母が尋ねてきた。
ん……。
カレンダーに目をやりながら考える。
「そうだな……。明日、明後日には……」
と曖昧に答えた。
邪魔さえなければ、もうとっくの間に帰ってるんだよな……。
そう呟いて、携帯を覗いた。
相変わらず、今日も夏樹からはなんの音沙汰もない。
「そう。じゃ、佑斗に駅まで送って行くように言っておくわね」
「え〜?なんで、佑斗〜?お兄ちゃんは?」
「お兄ちゃんは、仕事よ」
「じゃぁ、佑斗だって仕事でしょ?」
「佑斗は、有給を取ったって言ってたわよ」
「はあ?バッカじゃないの。新人のくせに生意気じゃない?」
「いいじゃないの。ちゃんと毎日、会社に行ってるんだから」
「だからって、お母さん、ちょっと甘やかし過ぎじゃない?」
「そうかしら?」
「そうよ。だって、今はいいかもしれないけどさ、お母さんまで死んじゃったら、あの子どうするのさ?」
「もしそうなったら、あんた達がいるでしょう。だから、お母さん、なんにも心配してないわよ」
と言って、母が笑った。
「何よ、それ〜。もしかしてその時は、アタシ、嫁に行ってるかもしれないじゃん。なのに、なんで嫁に行ってからも佑斗の面倒見なきゃいけないわけ?意味分かんないんだけど」
「そんなの分からないわよ〜。もしかしたら、嫁に行けずに佑斗に面倒見てもらわなきゃいけないかもしれないかもよ〜」
と母が茶化す。
「な、なんでアタシがよ?そんなこと、あり得ないし」
「そうかしらね」
と言って、母が笑う。
「そうよ!」
私がムッとして言ったとことに、噂をすればなんとやらでひょっこり張本人が現れる。
「なあなあ、母さん?ねぇちゃんと何話してたの?」
「別に。あんたには関係ないし」
そう言って、私は母の代わりに答える。
けれど、弟は私の言葉を無視してキッチンに向かう母のあとを追い、また同じ質問を繰り返している。
そんな弟を眺めて、苛立った私は舌打ちをした。
つうか、なんでこんなのが私の弟になったんだよ。ったく!
そう毒づいてみても、やはり心はスッキリとしない。
この憂鬱(ゆううつ)さは、いつかは取れるのだろうか。
それとも、私に一生付き纏い続けるのだろうか。
答えの出ない愚問に、憂鬱な心はますます憂鬱さを増殖させた。
もしや、この家にいるからそう思うだけであって、これがもし札幌に戻ってしまえば、この憂鬱さは無くなるかもしれない。
ふとそう思った私は、明日札幌に帰ろうと決めた。