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愛されたがりや

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「ねぇ、翔子?」

もそもそと起き上がった私は、重い身体を引き摺りリビングのソファーに寝転がるように座ったところに、母が声を掛けてきた。

完全な寝不足である。

そんなところに話し掛けられてきても、私には返事をする気力はない。

しかし、母は構わずに話しを続ける。

「あんた、今日帰れないよ」

母の言葉の意味が分からなかった。

「……はあ?なんで?」

「北海道に、台風が来てんだってさ〜。それも、かなりおっきいらしいって」

弟が楽しそうに、母との会話に入ってきた。

むかついた私は、弟の話しが聞こえなかったふりをして、もう一度母に尋ねた。

「台風が急に進路変更をして、札幌に直撃だって。その影響で交通麻痺しているってニュースでやってたのよ。今、全便運休らしいよ」

「え〜、嘘だ〜?だって、こっち晴れてんじゃん」

「まだ、こっちはね。でも、夕方には台風の影響が出てくるらしいのよ。大雨、雷に注意って天気予報でやっていたから。それよりも、明日の初七日、大丈夫かしらね……」

と呟いて、キッチンに行ってしまった。

母の興味は、私が今日帰ることよりも、明日の初七日が出来るかどうかの心配に変わっていた。

慌てた私は、ニュースを見るためテレビをつける。

けれど、どの番組も時間帯が中途半端で天気予報はやってはいなかった。

なんだよ、ったく……。

そう毒づき、今度は携帯で天気予報をチェックすることにした。

本当は、ネットで確認したかったのだが、弟に頼んでまで見ようとは思えない。

じゃぁ、お兄ちゃんだ。

と思ったのに、その肝心な兄の姿がどこにも見当たらない。

どこかに出掛けたらしい。

それで仕方なく、携帯を取り出し台風情報を探すことにした。

台風なんて、知らなかったよ……。

っていうか、こんな時期に台風くる?それも、北海道に……。

札幌行きの交通が全線麻痺になっていることに未だに信じられない私は、何かしら交通手段がないかと考えるものの、やはり何もないことに気付く。

どうしても今日帰りたいのであれば、あとは兄か弟の車を使って自力で帰るしかない。

けれど、車の免許はあるものの、ペーパードライバーの私には到底無理なこと。

第一、そんな私に誰も車など貸してはくれないだろう。

そう考えると、台風が過ぎ去るまでここにいるしかなくなる。

嘘でしょ……?

自然に言葉がこぼれる。

私は、急に憂鬱(ゆううつ)になった。

と、不意に昨夜のことが脳裏に甦る。

昨日の今日である。

また、同じ夢を見ないとは限らない。

だからといって、帰ることも出来ない、この状況。

八方塞(はっぽうふさがり)の自分に愕然とした。

「ねぇ、母さん、母さん。昨日ね、父さんが夢に出てきたさ〜」

絶望している私を尻目に、能天気な弟が昨夜見た夢について語り出した。

そんな弟が、今の私にはウザくて堪らない。

けれど、母は嬉しそうに弟に返答する。

「あら、本当に?良かったね。それで、お父さん、何か言ってたかい?」

「なんか〜、あんまし良く覚えてないんだよね〜。なんか言ってたみたいだけど……。でも、楽しそうに笑ってたさ〜」

「そう、それは良かったわね」

「うん。で、母さんは?父さん、出てきた?」

「私は、まだ出てこないわね。お父さん、恥ずかしがっているのかしら」

と言って、母が笑う。

「そ〜なんだ。朝、兄ちゃんにも聞いたら、まだ、って言ってたから、じゃ、家で俺が一番先に父さんが会いに来たって訳か〜。へぇ〜」

弟が感心したように頷いた。

母も、そうね。

良かったわね、と微笑えむ。

そんな二人のやり取りを遠巻きに見ながら、ふと疑問に思った。

おい、おい、待てよ?そこのマザコン君。私は?私は無視か?つうか、フツー姉である私に聞いてから、そういう発言をするべきじゃないのか?違う?ねぇ、そこのマザコン君?

と、言いそうになったのを我慢した。

昨夜見た夢のことについて、誰にも言う気はなかったからだ。

というか、言えない。

そんな夢を見てしまったことを、死んでも弟には言えない。

言える訳がない―――。




作品名:愛されたがりや 作家名:ミホ