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愛されたがりや

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体に気を付けてね。

何かあったら、いつでも連絡してきてね。

落ち着いたら、また遊ぼうね。

などなど、皆から温かい言葉を受けながらでも、私はただただぼんやりしながらその言葉を聞き流していた。

それらには、全くといっていいほど意味がないと思ったからだ。

単なる言葉は言葉でしかない。

上辺だけで塗り固められた言葉ほど、人を傷つけるということを、皆は知らないのだろうか……。

一通り見送りの挨拶が済み、お寺に残ったのは数少ない親戚と、父が生前仲の良かった極親しい友人数名だけだった。

その人達だけで、これから父の亡骸(なきがら)と一晩共にする。

そして、長いのか短いのか分からない夜を過ごせば、明日早々には父の亡骸は遺灰となるのだ。

不思議な話しだ。

もうこの世に父の肉体は跡形も無くなり、そして残るのはお骨(こつ)だけ。

それも、骨としてのこるのではなく遺灰という灰になるのだから、本当に滑稽(こっけい)な話だ。

あの大きかった父の身体(からだ)が、明日になれば私でも軽々と持てるような骨壷にすっぽりと入ってしまうという、世にも奇妙な話……。

そんなくだらないことを思いながら、私は祭壇にある父の遺影を眺めた。

いつの写真だろうか。

私が生きている父を見た最後の姿が、写真の中にあった。

亡くなった父は、もっと老けていた。

だから、最近の写真ではないだろう。

私の記憶も、あの写真のままの父が今も刻まれている。

無口すぎる父。

余計なことを喋らない、寡黙(かもく)すぎる父。

大きな背中で、私を拒絶する父。

そんな父の背中を見るたび、私は疎外感を感じるようになったのは、いつのことだろう。

不機嫌な顔をして私を見やり、何か言いたげな眼差しを向けるもすぐに背を向ける。

そんな父に気づいたのは、いつのことだろう。

いつから私は、そんな父のことを憎むようになったのだろう。

いつから毎日が苦痛で、こんな苦痛を味わうくらいなら、淋しくても家を出て自由になった方がましだと思うようになったのは、いつのことだろう―――。

大きな背中。

大きな存在。

どんどん私から遠ざかる。

私から遠のいていく。

近寄りがたくなっていく。

立派すぎて、立派すぎる、その父の背中が。

その存在も。

そして私は、それら全てから逃れたい、と思うようになった。

それなのに、今ここにいる父はそんな面影を微塵(みじん)にも見せず、ただ静かに棺の中に横たわっているだけ。

あの大きかった身体(からだ)は、妙に痩せこけていて一回りも二回りも小さくなっていた。

父の威厳はそこで消えてしまったのだ、と思う。

と言っても、元々父に威厳があったのかは疑問だ。

けれど、私が少なくともそう思ってしまったのだからあったのだろう。

と結論付けた私に、なんとなく淋しさに似た虚しさが襲うのだった。

私も死んじゃったら、こんなふうに小さくなって、あーだこーだと言われてしまうのかな……。

いや、ならない。

そんなふうには、絶対にならない、はず……。

だって私は、父とは違う。

違うのだから―――。

暫らくして、仕出屋がお寿司やオードブルなどの惣菜と、酒類を運んできた。

しんとしていた本堂が、急に現れた部外者によって賑やかになる。

重たい空気が、少しだけ緩和されたのだ。

その部外者達と共に、母や兄そしてその場にいた皆々が協力し合い、惣菜や酒などをテーブルに慌ただしく並べていった。

これから始まる、弔いのために。

父と一緒に過ごす、最後の夜のために―――。

口数少なく、皆が飲み食べをただ繰り返すだけの静かな夜だった。

時々、ボソボソと誰かが話すくらいで、すぐ様また静寂な空間が戻る。

静かに、ただ静かに、皆は父の遺影を前にして、言葉と一緒に食べ物や飲み物を飲み込んでいくだけ。異様な光景だった。

これがもし、父が大往生で亡くなっていたのであれば、きっとこの風景は違うのだろう。

お祭り騒ぎとまではいかないだろうが、よく生きたな〜、と父を褒め称(たた)え、想い出話しに花が咲くのであろう。

けれど、50代半ばという早すぎる父の死は、よく生きたな〜、と言って褒めてはくれない。

ただただ信じられない、と父の死を惜しみ、そのことを受け入れられずにその場で呆然とするだけ。

当の本人である父も、その場にいる皆も、居心地が悪そうにただそこにいるだけ。

その空間に、佇んでいるだけ。



作品名:愛されたがりや 作家名:ミホ