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愛されたがりや

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父が亡くなった日から、時間は慌ただしく流れ続けた。

悲しんでいる暇はない。

と言っても、今の私には父の死を悲しむといった感情は無いに等しい。

強いて言うなれば、夏樹と会えないことが悲しい。

夏樹の声が聞けないことが。

こうして考えている間も、葬儀の準備をしている間も、準備が終わり一息ついている間も、朝も、昼も、夜も、四六時中、私は夏樹のことばかりだった。

今、何してるんだろう、と―――。

もしかしたら、私の留守中に部屋に来たかもしれない、とか、葬儀中に着信があるかもしれない、とか。私の頭は、夏樹でいっぱいだった。

そんな私の気持ちをよそに、父の葬儀はお寺でしめやかに執(と)り行われた。

祭壇の中央部分に、沢山の菊の花に囲まれるようにして父の遺影が置かれている。

壁際には、座席を囲むように置かれた花輪や故人を偲ぶ参列者の名前の数々。

勿論、私の会社からも香典や供花が届いていた。

こんなことしなくても、別にいいのに。

それに、頼んでないし……。

せっかくの厚意だというのに、どうしても素直に受け止めることが出来ない。

何故なら、私は大人として、社会人として、会社に行ったら皆にいちいち礼を言って挨拶回りをしなくてはならない、という行為が待っているからだ。

だから、素直に喜べない。

今だって、そう思うだけでうんざりしている。

思うだけでうんざりするのだから、それを実行し終わったあとはもっとうんざりするに違いない。

きっと……。

こちら側から、どうしてもお願いします、と頼んだ訳じゃないのに、何故こんな煩(わずら)わしいことをするのだろうか。

そして、何よりも私はそれらの善意に対して、父の代わりに礼を述べなくてはならないのだ。

身内だからという理由だけで。

嫌いな父のために。

私が素直になれない要因でもある。

と愚痴ったところで、社会人としての付き合いなのだから仕方がない。

それに、この行為は私の身内がいる限り続く。

生きていれば付き物なのだ。

だから、私はこの煩わしい付き合いをそつ無くこなさなくてはならない。

大人の付き合いを、そつ無くこなす……。

と妄想する自分に、嫌気がさした。

大人なのだから、という理由で自分を納得させるには弱い。

でも、仕方のないことなのだ。

大人なのだから。

と思ってみても、そのうんざりは膨れ上がっていくばかりで、狂いそうなった。

狂って、発狂しそうになった。

煩わしい世の中め!とここで、この場所で皆の前で叫びたくなった。

でも、出来なかった。

大人なのだから。

一応大人なのだから、私にも理性ってものがある。

だから、叫ぶことをやめてみた。

けれど、大人の付き合いが煩わしい、と思っているのは私だけだろうか。

だぶん、そうなのだろう。

だから、父の葬儀にもかかわらず参列者が絶えることがないのだろう。

人脈なのか、人望なのか、そんなことは分からない。

けれど、皆淡々と大人の付き合いをしている。

嫌な顔一つせずに。

中には、父のために涙を流している者まで……。

どうして?なんで?と首を傾(かし)げながら、私は他人事(ひとごと)のようにただただ父の葬儀を眺めていた。

「翔子……。気を落とさないでね」

「あ……、ありがとう……。わざわざ来てくれて……」

通夜が終わり、参列してくれた人達を喪主である母を始め、兄、弟、そして私の順で玄関口に並び皆に挨拶をして見送っていた時、目頭をハンカチで押さえ涙ながらに言ってきたのは、小中学校と同級生の亜季だった。

他にも数名、それぞれ小中高の時の友達が通夜に来てくれていた。

皆、父とも面識はあった。

だからなのか、一様に涙を浮かべている。

身内でもないのに、たかが他人のために涙を流せるなんて……。

更に、心が醒めていく。

未だ悲しみに暮れることのない薄情な私は、当事者であるにもかかわらず早く葬儀が終わらないかと願っていた。

今日こそは夏樹の声が聞きたい、と思ったからだ。

早く、夏樹に電話をしたい。声が聞きたい。早く。今すぐ早く。夏樹の声が聞きたい―――。




作品名:愛されたがりや 作家名:ミホ