新撰組異聞__時代 【前編】
第1話 試衛館に集いし者よ
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嘉永6年(1853年)、浦賀。
「あー、いたいた」
崖から沖を見た青年が、楽しげに云う。
「総司、そんなにはしゃぐんじゃねぇ。あんなもの相手に」
「はしゃいでなどいませんよ。今噂の黒船を見ておきたいと思っただけです。幕府は、どうするつもりなんでしょうか?」
「知るか。お偉方に任せておきゃいいんだよ」
「土方さんは、どんなものなら興味が沸くんです?」
「あれより、でっかいものさ」
「よしてくださいよ。あれでごたごたしてる時に、そんなものか現れたら大変です」
「俺が云っているのは、あんな鉄の塊じゃねぇ」
総司の質問に、彼ははっきりとは答えられなった。
今は、ただ漠然とあるだけだ。
この時は未だ、土方歳三も沖田総司も一介の浪士に過ぎなかった。
沖には、黒い大きな鉄の船が数隻あった。木造船が主流の時の人々にとって、それはあまりに異様であり、脅威でもあり、初めて見る異国船であった。
世に云う、黒船来航である。
この時代、オランダと長崎出島しか港は開かれていない。そんな鎖国日本に、アメリカはペリー率いる軍船を以て開国を迫った。
「これは脅しではない」
アメリカの本気に、幕府は後に契約を交わす事になる。
「帰るぞ、総司」
「そうですね。近藤先生を置いて来ちゃいましたから」
___俺も、連れて行けぇ!
そう喚く大の男を宥め賺すのに、どれくらい時間がかかったか。
「土産を買って帰らないと、いけねぇか」
歳三は、ふっと笑って踵を返した。
時代は、この黒船来航により幕末を迎える事になる。
作品名:新撰組異聞__時代 【前編】 作家名:斑鳩青藍