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新撰組異聞__時代 【前編】

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プロローグ 池田屋


 元治元年6月5日(1864年7月8日)。その夜、京の都は不気味な静けさに包まれていた。
 「この都には、鬼が出はるどすわ」
 「鬼ねぇ」
 「ほんまどすえ。気ぃつけておくれやす」
 この時、ふと交わした会話を男が理解するのは、後の事になる。
 「桂さん」
 「これで全部か?初めてくれ」
 男は、そう云って外に繋がる障子を背に腰を下ろした。
 この時代、京の都は政局の中心地となり、尊皇攘夷や勤皇等の思想を持つ諸藩の浪士が潜伏して活動していた。長州藩は会津藩と薩摩藩による宮中クーデターである八月十八日の政変で失脚し、朝廷では公武合体派が主流となっていた。
 「決行は、祇園祭の前日」
 そう男の一人が、意見を纏める。
 「都に火を放ち、禁裏さま(帝)を我が長州へお連れする」

 そんな不穏な動きに合わせるように、壬生・八木邸で男は決断した。
 「間違いねぇ。やつらは今夜動くぜ、近藤さん」
 「場所は、あそこか?トシ」
 「ああ。古高が漸く吐いたからな。場所は三条小橋の池田屋だ」
 「でも、土方さん、今宵は祇園祭の宵々山ですよ」
 「そんな余裕は、向こうもねぇよ」
 三人の意見は、纏まった。
 後に、この事件を期として彼らの存在は恐れられる事になる。
 池田屋事件と云われ、明治維新が早まったとも遅れたとも云われる事件である。
 その首謀者一党である長州(※ 現在の山口県)尊皇派数名は、池田屋にいた。その中に、後の木戸孝允、桂小五郎もいた。
 「鬼か…」
 「桂さん、何か云いましたか?」
 「いや」
 桂小五郎は、ふっと笑った。
 そんな彼らが、下の声に緊張する。
 「御用改めである」
 「まさか…」
 そのまさかである。
 「会津藩京都守護職御預かり、新撰組。大人しく縛につけ」
 亥の刻(22時ごろ)真夜中の戦闘となった。20数名の尊攘過激派に対し当初踏み込んだのは近藤・沖田総司・永倉新八・藤堂平助の4名だったという。
 「逃がしはしねぇぜ」
 先鋒隊に続いて駆けつけた男が、逃げる浪士を睨んだ。
 「鬼だ…」
 「鬼で結構」
 愛刀、和泉兼定は一太刀の元に切り倒した。
 新撰組でも鬼と呼ばれる男は、この後最期まで戦い続ける事になる。時代という大きな流れを相手に。
 その男の名を、土方歳三と云う。