連載小説「六連星(むつらぼし)」第26話~30話
わあっ、と逃げ出す女たちの間で、シューマイが皿ごと空中へ舞いあがる。
テーブルのグラスが、立て続けに路上へ落ちる。
蹴飛ばされた椅子が、激しく音を立てて道路まで転がっていく。
「この女。覚悟しやがれ」じりじりと距離を詰めてきた酔っ払いが、
ひと声あげて、響へ襲いかかる。
響がかろうじて、酔っ払い男の一撃目を交わす。
獲物を仕留めそこなった酔っ払いが、「逃げやがったな」と
ペロリと舌を舐める。
ふたたびナイフを腰の位置に構えた酔っ払いが、じりじりと響に迫る。
「この野郎」と襲いかかったた男が、空中でナイフを激しく左右に振る。
かろうじてナイフを交わしたものの、響の身体が駐車場のフェンスに張り付く。
このままではもう、後ろへ逃げるスペースが残っていない。
フェンスに張りついたまま固まっている響へ、酔っ払い男がナイフの狙いを
慎重に定めていく。
「たかが女のくせに、男に向かって、偉そうな口を利くんじゃねぇ。
身体でおもい知るんだな。このでしゃばり女め」
「もう、逃がさないぞ」と、男がじりじりと、フェンスを背負う響との
間合いを慎重に詰めていく。
じりっと迫ってくる男のナイフを前に、響の頭が真っ白に変っていく。
(いやだっ・・・・この男ったら。目が狂ってる。まともじゃないわ!)
覚悟を決めた響が、男から顔をそむける。
「二度と、余計な口をきくんじゃねぇぞ。覚悟しやがれ、
この女(あま)」
「死にやがれ」と呟いた後、男が猛然とナイフを突き出す。
その瞬間、逃げることも出来ず固まりきっている響の身体の前へ、金髪の英治が
身体を翻して飛び込んできた。
男のナイフが身体に届く前に、茂みに向かって響を激しく突き飛ばす。
英治の身体を掠めていった酔っ払いのナイフが、もう一度鋭く空中で翻る。
「馬鹿やろう。てめえなんかに用はねぇ。邪魔するんじゃねぇ!」
茂みに倒れ込んだ響に向かって酔っ払い男が、三度目の狙いを定めていく。
「そうは、させるか」金髪の英治が、男のナイフの前に、立ちはだかる。
ガツッという大きな音が、深夜の路上に響き渡る。
女たちの大きな悲鳴がこだまする中、男と英治が真正面からぶつかり合う。
ひと声呻(うめ)いた英治が、ひと呼吸を置いた後、渾身の右フックを
繰り出す。
鋭い一撃が、ナイフを持った男の左顔面をまともにとらえる。
鮮血にまみれたナイフが、金属音を響かせて、カラカラと舗道に落ちる。
右フックをまともに食らった酔っ払いが、歩道の茂みを越えて、
車道まで飛んでいく。
「馬鹿はお前のほうだ。大事な響に手を出す奴は、俺様が絶対にゆるさねぇ・・・」
ペッと唾を吐いた金髪の英治の腹部から、見る間に、鮮血が滲んでくる。
突進してくる男のナイフを、まともに腹部で受け止めたせいだ。
茂みに倒れこんでいる響は、目を見開いたまま、驚きのあまり言葉も出ない。
「救急車だ・・・救急車!。急いで、救急車だ・・・」
我に返った玄さんが、一番最初に、大きな声を出した。
作品名:連載小説「六連星(むつらぼし)」第26話~30話 作家名:落合順平