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連載小説「六連星(むつらぼし)」第26話~30話

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 「玄さん。今夜は団体さんで、登場だよ」

 姐ご肌は、風に揺れている赤提灯を、器用にヒョイと避ける。
のれんをかき分け、中を覗きこんだ姐ご肌が、屋台の向こう側で煙草を
くわえている玄さんに、「サービスしてよ」と明るく声をかける。


 玄さんが仲町通りで、屋台で商売するようになってからまもなく50年になる。
鶏ダシの利いた透明なスープで仕上げる、昔ながらの中華そばが、
此処の屋台の名物だ。
此処のもうひとつの名物が、手製の『コロリンシュウマイ』だ。
戦前からあった食べ物で、中身に肉は入らない。
具は男爵イモと玉ねぎだけで、あとは馬鈴薯のでんぷんだけで捏ね上げる。
トロリと溶けるような舌触りは実に絶妙で、仲町通りの手土産として、
持ちかえる客も、けっこうな数でいる。
玄さんの人柄とともに、50年以上にわたって売れ続けている、
もう一つの隠れた人気商品だ。


 「いらっしゃい、毎度ッあり。」と、皺だらけの顔が嬉しそうに振り返る。
「玄さん。本当の歳はいくつになるの?」といくら尋ねても
いつものように、嬉しそうに目をほそめて、ニコニコと笑いを返すだけだ。

 『そうでやすねぇ。50はとっくに過ぎました。
60も過ぎたような気がしますが、
生まれつき頭が悪いもんで、その先の勘定が、私には出来ません』
あははと笑って、玄さんの歳の話がおわりになる。
最初のうちは、移動式でチャルメラを鳴らしながら、街中を流していた。
気が付いたらいつの間にか、歩道のひろいここの路肩に屋台を停めて
ラーメンを売るようになっていた。


 屋台で営業をするためには、食品衛生法に基づく保健所の営業許可と
道路交通法に基づく警察署の道路使用許可が必要になる。
場所によっては水道や排水、電気、トイレの確保やゴミ処理などが難しい。
深夜の騒音や衛生面での問題、道路を占拠し交通を妨害するなどの問題があり、
最近では、この種の屋台は減りつつある。
このあたりでも数年前までは何台か屋台が有ったが、呑み屋街の衰退と共に、
一台ずつ姿を消し、いまでは玄さんの屋台だけになってしまった。


 「寂しいやねぇ~みんな辞めちまって]と、玄さんはこぼす。
湯気の上がるアツアツのコロリンシュウマイを、ソースにからしを溶いて
食べるのが、桐生独特のの食べ方だ。
ポンと口の中にシュウマイを放りっ込んで、『熱い、熱い』と、
女の子たちが大はしゃぎをしている。
寄って集って賑やかに騒いでいる背後へ、ふらりとひとりの
酔っ払いがやってきた。


 「なんでぇ。賑やかだと思ったら、飲み屋のホステス集団かよ・・・・
 3人寄ればかしましいと言うが、これだけ集まると雲雀の合唱そのものだなぁ。
 おい。おやじ。おれにもラ―メーンを作ってくれ。
 なんだか今日は、一日中、何をやってもついてねぇや。
 昼間は、やたら向こうっ気の強い、小生意気な女に出くわすし、
 呑み屋の女には、すっぽかされる。
 まったくもって踏んだり蹴ったりの、一日だぁ。
 何をやっても面白くねぇなぁ、こんな日は・・・・」


 愚痴をこぼしながら、酔っ払いが煙草をくわえる。
ふと横を向いた瞬間に、ホステスの一団の中に居る響の姿に気がつく。
その指先から、火がついたままの煙草がこぼれ落ちる。
蛇のようなが、もう一度、響の顔をねっとりと舐めまわしていく。
(お、やっぱり間違いねぇ。あん時の、小生意気な小娘だ!)
男の目が確信に変わる。


 気配に気づいた英治が、玄さんとの会話を中断して背後を振り返る。
背の低い酔っ払いが、内ポケットから何かを取り出そうとしているのが見える。
(なんだぁ、こいつ・・・・妙なやつだな。懐に手なんか突っ込んで)
英治の視線が、酔っ払い男の手元に集中する。
胸元から引き出された男の手に、鈍く光るナイフが握られている。
(この野郎。ナイフなんか持ち出しやがって、いったい何を考えているんだ。
あ・・・見覚えが有ると思ったら、家電量販店で行き会った
、あん時のチビ野郎だ)
英治が気付いたときは、すでに遅すぎた。


 腹の底から絞り出すような、怒声をあげた酔っ払いが、
酔っ払った赤い目を見開き、顔を歪め、響を正面から見据えている。
ナイフを腰に構えると、響を見据えたまま、じりじりと前へすすみはじめた。