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連載小説「六連星(むつらぼし)」第26話~30話

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 「なに言ってんのさ・・・・いまさら。
 やっぱりあの時は、素顔の私に会いに来てくれたのではなく、
 芸者としての清子が、お目当てだったようですね。
 馬子にも衣装です。あれだけ濃密にお化粧をすれば、わたしみたいに
 不細工な女でも、別人に生まれ変われます。
 なんだぁ。やっぱり素顔の私では駄目だったのか・・・・
 わざわざ湯西川まで、わたしを追いかけて来てくれたものとばかり
 想い込んでいたのに。
 心の底から、あなたには感謝をしていたというのに、
 あれはやっぱり、今から考えると、私のただの早合点だったのかしら」


 カタクリの群落を横目に、清子と俊彦は山頂への小路を、
手をつないだまま登りつづける。
繋がれたままの清子の指先が、またこころもち汗ばんできたような気がする。



 「調理実習で、配属先の希望を聴かれたとき、俺は迷わず、
 君が住んでいる湯西川温泉を指名した。
 同僚のほとんどが、県内の草津や伊香保といった観光地や、
 都心の一流ホテルを選んだ。
 俺は、君に会いたい一心で、やっぱり湯西川を選んだ。
 みんな俺の決断に、不思議そうな顔をしていた。
 だが俺にしてみれば、有名ホテルや旅館よりも、平家の落人伝説が有り、
 君のいる湯西川温泉のほうに興味が有った。
 15歳で芸者になると決めて、その道を歩き始めた君に、大いに興味が有った。
 成人式で再会した時の君は、間違いなく同級生の女性たちの間で、
 もっとも磨き抜かれた一番美しい女性だと、つくづく痛感した・・・・
 そりゃそうだよなぁ。
 15歳から、花柳界で生きてきたんだ。
 俺たちから見れば、はるかに大人に見えたのは無理も無い。
 それからだ。俺の心が揺らぎ始めた・・・・
 あの頃は、君の近くで暮らすことに憧れが有った。
 はっきり言えば芸者になってしまった君は、俺から見れば、
 遠い存在になりはじめていたし、文字通り『高値の花』になるはずだった。
 それでも、それを承知の上で、君の近くに住みたかった。
 俺にも、古くからの女友達や、同級生の好きな女の子は居たが、
 女としての底知れない色香を感じて、激しく心をときめかせたのは、
 芸者姿の君だけだった。
 転校をしてきて間もないころ、金木犀の花を見上げていた君を見た時から、
 おそらく君は、知らない間に、俺の心の中に棲みついていたんだ。
 ・・・・たぶんね」


 清子の指に、また新しい力がこもってきた。




 「なにさ。都合のいいことばかり言って。
 いまさら取り返せないことばかりを、口にするのね、あなたは。
 全部、『そうじゃない』と否定して、都合の悪いことは
 すべて黙っていればいいものを、
 あなたったら、洗いざらい、ぜんぶを白状してしまうつもりなの?
 響の突然の家出が、わたしたちの生き方まで、
 変えてしまいそうな気配がするの。
 私も24年間のすべてを、あなたには伝える必要がありますね。 
 死ぬまで秘密にしておこうと決めていたのに、響が、
 それを許してくれそうも有りません。
 あなたと別れたのは、ずいぶん悩んだ末での結論でした。
 あの時の私は、無二の親友だった同級生の女の子を裏切って、
 あなたと同棲することを、選んでしまいました。
 さすがに女として、心が痛みました。
 それと同時に、あきらめていたチャンスが、巡ってきたことに
 感謝していました。
 15で芸者になると決めた時から、女としての恋愛を諦めていました。
 結婚も、子供も、家庭を持つことも、全部、私はあきらめていました。
 芸者として、芸に生きる生活だけで一生を送るはずでした。
 それが思いがけず、あなたと、暮らせる道がひらけたのです。
 別れるためには、もうそれだけで充分でした。
 たくさんの思い出を、たっぷりと、私に残してくれたんだもの」