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連載小説「六連星(むつらぼし)」第26話~30話

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 急な坂道の中腹に、空間が造られている。
一息入れ、周囲を眺めるために、ちょうど適した空間だ。
木々のあいだから、いま通過してきたばかりの茅葺の屋根や、谷底に横たわる
吾妻公園の全容を、眼下に見下ろすことが出来る。
大きく深呼吸した清子は、荒い息のまま、タオルで額の汗をぬぐっている。
しかし残ったもう一方の手は、俊彦の右手をしっかり握ったまま、
いつまでたっても離そうとしない。
こころもち、清子の手のひらが、汗ばんできた。


 「私は、15の時に、芸者になろうと決めました。
 中学の修学旅行の時、日光の東照宮へ行ったでしょ。
 あの時に見た、芸妓さんたちの姿が、あまりにも衝撃的すぎたのよ。
 『ああ・・・こういう生き方も有るんだ。着物姿も素敵だな!」
 そう思った瞬間、矢も楯もたまらなくなって、もう、
 なにがなんでも芸者になるって、わたしは決意をしていたの。
 いま思い出しても、やっぱり、変な話よねぇ。
 15歳で見境もなく、綺麗なお化粧と、素敵な着物に憧れるなんて。
 深くろくに考えもせず、ただ直感的に、自分の生き方を、
 あっという間に決めてしまったんだもの。
 やっぱり・・・頭が悪いんだ、私は」


 「同級生は、全部で200人以上いた。
 中卒で就職を決めたのは、君も含めても、30人くらいだったかな。
 学力だって、俺より上だった。
 高校へいくため、君には何一つ問題がなかったはずだ
 突然、芸者になると言いはじめてたときは、さすがに面食らった。
 止める暇もなく、卒業と同時に君は、湯西川へ行ってしまった。
 あの時の、君の選択は衝撃的だった。
 なぜ君の選択肢が芸者なんだって、同級生たちも大騒ぎをした。
 だけど、本当のところはどうなんだ。
 芸者になるための、特別な理由でもあったのかい?」


 「あなたが中学時代、私を口説いてくれなかったからよ」

 「悪い冗談はよせ。他人が聞いたら、本当だと思うだろう」



 俊彦も、清子に握られた指を離すことができない。
上へ登っていくための道を、俊彦が確認していく。
市内を見下ろすことが出来る、もうひとつの高台へ進むためだ。
水道山公園と呼ばれている高台へ行くためには、目の前にある杉の林を
越えていく。
中腹の休憩場からでは、杉の巨木に遮られて頂が見えない。
急傾斜になってきたために、ここからの道は、何度かつずらに曲がる。


(じゃあ、行くか)身体の向きを変えた俊彦が、山頂に向かって歩き出す。
その瞬間、離れかけた指先を、清子が新しい力を入れて握り返してきた。



 「ねぇ・・・・ひとつだけ、聞いてもいいかしら?
 なんであなたは、最初の修業の場所を、湯西川の伴久ホテルに決めたの。
 他に有名なホテルでも、料理自慢の割烹旅館でも、あなたが希望さえすれば、
 いくらでも、学校で紹介をしてもらえたはずです。
 なぜ栃木県のど田舎の、鄙びた隠れ宿なんかをわざわざ選んだの。
 よりによって、私の居る湯西川温泉を、なぜ指名したの?」


 「君が、そこにいたからさ。・・・・といえば、満点の答えかな。
 何故だろうなぁ。いまでもよくわからない。
 湯西川を、最初の修業の場所に選んだわけは、やっぱりそこに、
 君が、居たせいかなぁ・・・・」

 「なんだかなぁ・・・・
 全部、話を、はぐらかされているような気がしますねぇ。
 何を聞いても、全然、会話になっていませんね、わたしたちは。
 本当のことを、そろそろ白状してくれないと、私たちは一生このままで、
 平行線のレ―ルのままです」



 「なんだ。なにが言いたいんだい、君は?」

 「いつまで経っても並行のままで、決して交わらないと言う意味です」

 「なるほどなぁ・・・・意味深な表現だなぁ」


 汗ばんできたお互いの手の中で、清子が指先にふたたび力を込めてきた。
俊彦もそれに応えて、清子の指を軽く握り返す。