悠里17歳
「全くぅ、ここは学校なんやで、分かる?社会のルールを教えるところ」
教頭先生の前に横一列に並ばされた私たち三人と、さらに三人の卒業生。卒業生の一人は現在は先生であり、そしてまさか高校の生徒会室で兄と一緒にいるなんて、自分の中では全く想像もつかない、それも全く同じカッコウで……。
「お兄ちゃん、教頭先生知っとう?」
説教される中、下を向いたままヒソヒソ声で隣にいるお兄ちゃんに質問する。
「当然やん、二年も担任やったんやから……」
「倉泉!」
竹刀が地面に叩きつけられた。
「ハイッ!」
全く同じタイミングで返事をした。こんな場面でも兄妹息が合うところがちょっと悲しい。
「こっちが話している時はちゃんと聞きなさい」
「はーい……」
この返事までハモってしまった。ここまでくれば先生をおちょくってるようにも見える。横にいる面々からは冷たい笑い声が聞こえてきた。
「計画をしたのは誰や?」
三人同時に手を上げた。
「ではそれに手を貸したのは?」
今度はギミックの三人が同時に手を上げた。
「千賀先生もか?」
「は、はぁ……」
先生も今ばかりはかつての先生と生徒の関係に戻っている。でもここは笑える雰囲気ではない。
「まあ、彼女たちも本気ですから……」
「ま、やるからには何と言いますか――中途半端な事せんと」
先生に続いてMMがフォローする。
「妹には殼破って欲しいので、兄として……、ハイ」
「それでそのカッコウか?」
お兄ちゃんもフォローに入るが矛先はこの似非女子高生に移った。
「学校に入るには制服でしょう?家にあるのコレしかなかったんで」
「ってそれ、あたしの制服よ」
サラ、あなたの言うことは間違いじゃないけど、今はそこツッコむところじゃないよ。こんな中でもMMは笑いを堪えているし最低の状況だ……。
「もう、ホンマにオマエら……」
竹刀で床面を叩いた。私的には竹刀をそのように使うことが許せない。
「神聖なる学校でこんな大それたことするのってどない思とんねん……」
歯を食い縛った話し方。怒ってる時のそれだ。竹刀の使い方が許せないなんて言える状況でもない。
「あのな、文化祭でそんなことするのは」
「来るぞ!カミナリが落ちる!」暴力反対、体罰も反対!私たちは正面を向いたまま目をつむると部屋の空気が一瞬ピタッと止まった。
「ええことやと思うねん」
「へっ?」
教頭先生の言葉に私たちは無意識に目を開き、視線が上がった。予想しない展開に一同豆鉄砲を喰った鳩のようになった。
「口だけやなくて、実行に移す。毎年噂するけど誰もやりよらへん――、高校時代の青春なんて一度きりやのに……それでエエんか、宮浦?」
「そう思わないからこうして……」
「そやな?そうやんな、倉泉」
「あ、はい」
「そやろ、そうやんな?」
この場の雰囲気が違う方向に進んでいる。これって誉められてるの?
「倉泉、サラ、牧」
「は……、はいっ!」
私たちの背筋が一斉に伸びた。
「頑張りたまえ、ブレークスルーってやつだ」
「は……、はぁ――」
「若いってええのう、これこそ青春じゃ」
教頭先生はさんざん私たちをビビらせるだけビビらせておいて、最後はガハハと大笑いしながら職員室の方へ帰って行った。
三人のマメ鳩はその姿が見えなくなるまでフリーズしたままその場で立ち尽くしていた――。
* * *
「あー、背筋が凍った」
「ホンマに」
「あたし的には竹刀の使い方が許せなかったよ」
一部始終が終わってから強がりを言う自分が情けない。一通り自分達が怖かったことと安心したことを話し尽くすと、部屋は静まり返った。
「ハーハッハッハハッ」
沈黙を破る高笑い。一人だけ能天気に笑っている者がいる。宮浦基彦通称MMその男だ。
「何が面白いのよぉ、MMぅ」
サラがMMの腰を引っ張った。
「いやぁ、みんな引きつった顔しとうからよぉ」
「そりゃなったわよ」
私たちだけでなくお兄ちゃんも後ろで小さく頷いていたのを見逃さなかった。確かに年甲斐もなくビビっていた。
「さすが宮浦というか、怖いもんなしやな、お前」
千賀先生はMMの顔を見上げるとMMは今の今まで我慢を続けてきた様子で、さっき教頭先生が大笑いしたよりも大きな声で笑い出した。
「だって、五年前俺が一人ライブした時は先生笑って許してくれたで」
「だったら先に言うてよぉ!」
「先生にプラカード持たせたらおもろかったかもな!」
五人一斉にツッコミが入ると私たちはドサクサ紛れにMMの綺麗に剃りあげた頭を平手で叩いた。
「わっ、やめろやぁ」
生徒会室に大きな笑い声がこだました。MMの頭に手形がいっぱい付いてさらに大笑いした。今日は文化祭、その笑い声を怪訝に思う者も、うるさいと思う者もおらず、その声は長く長く続いた。
ステージのイベントが終わったあと、生徒たちは校内のあちこちに散らばりそれぞれが出し物を楽しんでいる。
私たちS'H'Yは一つの殻を打ち破った。今日一日は三人で校内を闊歩すると、達成者として私たちを見てくれて、エールをくれた人もいる、気持ちがいい。だけどこうやって羽目を外すのは今日一日限りだ。
私たちは殻を破った。まだお尻に殻が付いているかもしれないけれど自分の中で何かが大きく前に進んだことが確信できた――。