悠里17歳
海から貨物船の汽笛が聞こえてきた。
「悠里――」名前を呼ばれてハッとして母の顔を見た「お母さんはお父さんと別れちゃったけど、一緒にいて楽しかったことはいっぱいあったわよ。それを否定するのは違うと思うのよ」
私が喋らなくても何を考えているのか分かっているみたいだ。そしてお母さんの言ったことは何も間違っていない。ただ、母の顔を見ていると何も言い返せなかった。
「その鍔を持っとうってことは、悠里」
「うん」お母さんが言おうとしたことを私が代弁した「お父さんと試合してん」
「そうなん」
「負けたけどね。でもね、一本は取れたんだよ」
この場合、父娘対決は母から見ればどっちが勝っても得るものはあると考えているだろう。それは私も同じだし、あの時から変わっていない。
「あのね、お母さん」
これは秘密にしようと思っていたけど、今ここでいうべきだと直感した。
「アメリカでね、お父さんと約束してん」
「何を?」
お母さんの眉が少し動いた。
「もう一度勝負しよう、今度は日本で、って」
お母さんはさっきの微笑みを見せた。
「そう、それは楽しみ。お母さんも見てみたいわ」
その顔を自分が引き出すのに成功したと思うと私も笑みがこぼれた。お母さんは、別れたけどお父さんのことは気になっているのだ。二人の間に三人の子どもがいるという事実と母親としての責任ではなく、倉泉スティーヴン清彦という一人の日系アメリカ人そのものについて。
「お母さんはお父さんが日本に来たら何か言うことある?」
「うーん、どやろね?」お母さんは聖郷を抱き上げた「やっぱり『特にない』かな、ねえ、きーちゃん」
「Nothing ?」
「そうそう、『nothing 』よね」
本当はお母さんの本心を聞いてみたかったのだけど、お母さんはうまい具合に聖郷を盾に使ってはぐらかされ、これ以上の質問は聞き入れられない様子が雰囲気で悟らされた。結局お母さんは微笑むばかりで肝心なところは私には全くわからず、私も聖郷を見て微笑むしかできなかった――。