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悠里17歳

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 時間はもうすでに零時を回った。昨日バスで寝た割りには体は意外と調子がいい――。
 三人で一つのベッドに入る趣味はないのでジャンケンで布団の取り合いとなり、私はお兄ちゃんのベッド、晴乃は客用に一応おいてある布団、サラは寝袋となった。お兄ちゃんの話では、学生の雑魚寝ではよくあることだというけれど、ちょっと身分の差がないだろうか、と言うと一同「面白いからいいんじゃない」ということで片付いた。

 電気を消して部屋が真っ暗になるとなぜかテンションが上がってくる。いつぞやの修学旅行の時も、部活の合宿の時もそうだけど、それは私だけではないようだ、そしてこの状況で上がってくる話題も然り――。
「ねえ、悠里」
 最初の切り込みはサラからだ。
「あれからキャプテンとはどうなん?」
「どう?って……」
 前フリのないサラの直球に愛想笑いしかできない自分が少し悔しい。それだけいきなり深いところを突かれた感じだ。
 数日前私とサラが「キャプテン」という剣道部主将、篠原健太君が道場でいい雰囲気になっていた?ところを晴乃に目撃された。事実はちょっと違うけど、そのようなニュアンスで二人は解釈しているようだ。
「何もないよ、ホンマに。そもそも付き合ってないんだって」
「お互い宙ぶらりんのまんまでよく持つよねぇ」
「だから付き合ってへんねんって」
 感心されてるとも呆れてるともとれる言い種だ。私には両方感じるがサラは後者の意味で言っているのも当然わかっている。
「そういうサラはどうなんよ?」
このまま相手の攻撃を許すとズルズル行ってしまう、ここは反撃だ。
「あんな奴全然。相手してやってるだけよ」
 サラは私と違って、知る限りではそんな話はいくつかあった。中学の頃からモテる方で告白される度に私に相談に来ていた。今は同じバスケ部の男子と噂になっているがその実は全然うまく言ってない上にサラの心はとうの前に離れている、というよりも最初から繋がっていない。
 サラの様子で分かる。いつかも相談された時「彼は私が好きじゃない。私を落としたと思ってる自分が好きなんだ」と言ってたように今回もそれと同類なんだろう。サラに寄ってくるのはその類いが多く、持っている波長が少し違う彼女は言葉でない雰囲気を読むのが上手い。いつも自分らしくドライブする彼女に彼は扱えないのは私でも分かる。
「あたしだって好きな人がいるねん」
「え、誰々?」私と晴乃は声をハモらせた。
「あたしは、グレッグが好き」
「えーっ?」
もう一度同じタイミングで声をあげたが、二回目はニュアンスがちょっと違って聞こえた。
「友達のお兄ちゃんやし、物理的にも気持ち的にも遠くにいるから、それが叶わないのは承知の上よ。だけど、好きなものは好きなんだ」
 晴乃はビックリしているけど私はそうは思わなかった。というのも彼女が私のお兄ちゃんを好きなことはかなり前から知っていた。うちに来てお兄ちゃんと会ったときの様子が明らかに違っているのが分かる。サラの口から直接聞くまで私の仮説が当たっていると言えなかっただけだ。
 同じ国のDNAを持っているのも理由のひとつだろう。でもそれが「恋心」というものであれば、私の篠原君に対するそれとはちょっと違う気がする。もちろん現在のサラの「彼氏」もそうだ。言葉を越えたその直感は今まで正確に的を射てることが多いのも私の経験だ。
「あたしは言ったよ、ホントの事。悠里はどうなん?」
 再び矛先がこっちに向いた。
「あたし的には、こう――、何てんだろう」
サラに話をふった間に余裕ができた。部屋は暗いけど周りが見えている。
「篠原君は私よりルノとやり取りしとう方が自然に見えへん?」
「それはあたしも思ってた」
「その辺りどないなん?ルノぉ」
「え、あたし?」
 傍観者の立場で聞いていた晴乃は予期せぬフリに言葉を詰まらせた。この中ではただ一人の生粋の関西人なのに、お嬢様育ちだからか喋るテンポはそれほど速くない。晴乃には悪いけど話をふると同時に、自分の素朴に思った疑問をこの場を使って確認したかった。
「健ちんとは腐れ縁っていうか、その――」
晴乃が急にしどろもどろになった。部屋は暗いのに晴乃の顔が灯りが点いたように紅潮しているのが感じられる。
「悠里、I think, perhaps so she suppose……」
「ホンマに!?」
急に英語に変わるサラ、彼女にはよくあることだがこの場は晴乃もいるのでフェアじゃない。だから敢えて日本語で答えていたが内容が内容だけに次第に私も英語対応に変わっていた。
 晴乃は以前同じ生徒会の男子から告白されたことがあった。校内でも一二を争う人気者のそれを受け入れるものだと私含め誰もが思っていた、晴乃本人を除いて。サラはその時を思い出したようで、そういえばあの後スタジオで練習か反省会か全然訳の分からない時間を過ごした。結局私たちの詰問に晴乃は口を割らず、晴乃がなぜ告白を断ったのかは分からないままでいたが、まさに今わかったという調子でサラは私に英語で捲し立てる。
「I don't care whatever you say(何言ってもあたしは知らないよ)」
「No problem(大丈夫だって)」
「ねえねえ、悠里。サラは何が言いたいの?」
 ちょっと不安げな様子で晴乃は私に聞いてきたが私が説明する必要はなさそうだ。
「ルノ――」
「なに?」
「もしかしたら、キャプテンのこと、好きなんじゃ……?」
 サラがとどめの一撃を打った。私は心の中で「あーあ、言っちゃった」と思いつつ、自分の考えを代弁しているような気がしてサラを止める事はなかった。晴乃の顔がさらに紅潮したように見えた。
「だって、健ちんは悠里が好きだって言うし、悠里だって……、ねえ悠里?」
 普段助けを求めない晴乃が私に助けを求めている。明らかな動揺が素直な晴乃を苛めているように見えて少しだけ心苦しい。何かを言えば晴乃を苦しめるのが分かるので何も言えなかった。
「二人の中で話できちゃったみたいだ」晴乃はクスッと笑った。暗い中でもその顔が分かる。
「確かに、あたし健ちんの事が好き。だけど悠里も、悠里も好きなんでしょ?」
 寝袋から伸びたサラの手が私の肩を小突いた。今の正直な気持ちを言うことを迫られている時だ。
「ルノ、誓うよ」身体を横にして晴乃の方を見た「あたしは篠原君に告白された。だけど私は付き合ってないし、承諾も断りもしていない」
「それは知っとうよ」
「聞きたいのは悠里がどう思ってるかよ」
「そうだった」私は笑ってごまかしながら間を置く「篠原君はしっかりしとうし、彼のことは嫌いじゃない。でも」
「でも……?」
「付き合うのとはちょっと違う。だからこそ今まで宙ぶらりんでいたんだ――」 
「別に悠里を責めてるわけじゃ……」
 二人の言葉には私が今まで何も考えずにこの問題を放ったらかしていたことを茶化していたことが裏にある。
「いいんだ」私はそのまま話を続ける「決めた。あたし、ケジメつけなきゃ。篠原君とは付き合わない。ハッキリ伝える。決めた、決めた」
「悠里……」
「ずっと中途半端でいる自分が許せなかったんだ、その間ルノを苦しめていたわけやし」
仰向けになって見えない天井を眺めた。
作品名:悠里17歳 作家名:八馬八朔