悠里17歳
3 誓い
お兄ちゃんの家は渋谷からは東、東京ドーム近くの古い町並みの狭い路地沿いにある、今住んでいる私の家に似たような小さな文化住宅だ。
以前篤信兄ちゃんが学生の時に下宿していた部屋をそのまま引き継いだもので、私自身も六年生の時に初めて訪ねて以来何度か遊びに来たことがあるので、方向音痴の私でもここへは一人で来ることが出来る。大学は先月卒業したけど活動の拠点が東京なので、このまま同じところに住み続けている。
自分の家と比べて2DKのDがないだけなので、古いという不便を除けば住むには問題ない。
家の鍵は私が持っているので私たちで適当にしていいということは暗黙の了解である。まだ帰らぬ主を待つのも申し訳ないので、私は勝手に冷蔵庫を開けて残っている食材を確認し、そこから導かれる献立とその量を計算した。
「これやったら四人分のご飯は作れそうだ」
緊張の糸が緩み、テレビを見ながらお菓子をむさぼって喋っている二人を置いて私は早速米をとぎ始めた。
「悠里はグレッグの嫁みたいに手際エエなぁ」
「家では日常茶飯事よ。でも、お兄ちゃんもああ見えて神戸にいた時はご飯作ってたんよ」
親が離婚して今の家に引っ越したあの頃、きょうだい交代で食事の用意をしていた。お兄ちゃんも上手ではないけど、交代でするからにはちゃんとご飯を用意してくれていた。と言っても茹でるだけのパスタの割合が多かったんだけど――。神戸にいたときがそんな調子だっただけに、独り暮らしのこの部屋でも自炊をしている感触は十分にある。アメリカ生まれのアメリカ人の割にはジャンクフードは苦手だと日頃言っているのも部屋を見ればわかる。
兄の行動パターンは大体読める。練習が終わる時間、それから寄り道でもしてここへ帰るまで……と準備していると
「ただいまー」
ほら、計算通り。ご飯が炊けたくらいに帰ってきた。私の読みはサラと晴乃を驚かせるには十分だった。
私たちは四人で食事をした。今日の結果に安心と満足で言葉数と音量の大きい女子三人に押し掛けられて嬉しいのかうるさいのか何とも言えない顔でご飯を食べるお兄ちゃん。気難しそうな顔はいつものことなので気にしない気にしない。
晴乃がしきりに、
「二人並んだら絶対に兄妹やん」
という言葉がツボにはまり、どれくらい似てるかを表現するのに言葉を出しあった。
「それってどういう表現したらエエんやろ」
という晴乃の質問に
「酷似?」
と私が言ったがそれでは普通すぎで反応薄、
「メチャ似?」
次に晴乃が出したがインパクトに欠ける。そこでサラが
「爆似?」
うん、それそれ。一同納得。
「三人とも、話止まらへんなぁ……」
妹に似ている(正しくは私が似ているんだけど)お兄ちゃんが難しい顔を崩してこの日始めて笑った。空気を和ますのにしゃべり倒して笑いを取ろうとするのは関西人の悲しい性なのか――。
* * *
「じゃあ俺は輝んとこ泊まるから、あとは好きにやってて。火の元だけはちゃんと見ててよ」
お腹が満たされると、お兄ちゃんは最低限の手荷物をまとめて、自分の部屋を私たちに明け渡して出て行ってしまった。その辺はいつもあっさりしている。