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悠里17歳

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 学校は山の麓にあって、下校道は下り坂だ。前を見れば神戸の港が傾いた陽に照らされてよく映えて見える。今日はちょっと寄り道して、摩耶山の麓、ケーブル駅のそばにある「桜のトンネル」を見に行こうと二人を誘っていた。この辺では有名な桜の並木道、一本の長く続く坂道を桜の木がトンネルを作り、そこを通る人の心を和ませる。私は毎年一度は必ずこの美しいトンネルを通る。物心ついたくらいの小さな子供だった頃、まだ家にいた父に手を引かれて見に来て以来すっかり虜になり、自分が日本人で良かったと思えるひとときを堪能できる場所だ。
「ほらほら!キレイだよ」
 私とサラは部活の疲れも忘れて坂道を駆け上った。坂のてっぺん、見えなくなるまで続く淡いピンク色、これを見て美しいと思わない人はいるだろうか。
「待ってよぉ」
 坂の下から晴乃が追い駆けて来た。
 このトンネルは自動車なら下りの一方通行だけど、歩きの私たちには関係ない。対向でゆっくり降りる車や市バスの横を通り抜け、同じように桜を眺めて歩くお年寄りを追い抜き、トンネルの頂点に到達した。
「素晴らしい、これが日本だよ」
一着の私は諸手を上げて美しいことを表現した。
「雨降らんで良かった」
続いて到着したサラと並んで晴乃を待つ。
「ホンマやね、降ったら散ってしまうものね」
三人はトンネルの端っ子に並んで、向こう側が見えないくらい見事に咲いた桜並木を見て、ただ立ちすくしていた。

  「さくら さくら 弥生の空は 見渡す限り」
  「かすみか雲か 匂いぞ出づる」
  「いざやいざや 見に行かん」

 私がつい、口ずさむように歌いだすと、サラが流暢な日本語とメロディで私に併せて歌い出す。そして最後に晴乃も加わり、和歌の五七調は見知らぬ通行人を微笑ませた。
「この景色を見たら、つい歌ってしまうねん」
「和歌のテンポはあたしも好き」
「二人が言うと、意味が深いねぇ……」
 晴乃は私とサラをの方を向いた。桜の下に並ぶ私とサラ、それを見てここがどこかちょっと錯覚するのは晴乃だけではないと思う。
「日本人じゃないから、日本人であるように努力してるんだ」
サラは白い歯を見せた。
「あたしも似たようなところ」
私が続くと晴乃は何も答えずに微笑んだ。私たちは何の偏見もなくお互いに、倉泉悠里、サラ・フアレス、牧 晴乃という一個人として接する事ができるこの関係が好きだ。
「この素晴らしい『日本の春』を記念撮影しようか」
 登りきった坂道を下りる途中、サラがカバンに忍ばせていた使い捨てカメラを出した。
「いいねえ」
 私は竹刀袋を前に持ってポーズをとる。
「――で、誰が撮るの?写真」
その横で晴乃が質問した。三人で撮るにはこのカメラでは難しい。なのに私たちは考える訳でもなくなぜか笑いだした。

作品名:悠里17歳 作家名:八馬八朔