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悠里17歳

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2 桜のトンネル


 
 今日みたいに稽古が少し早く終わった日は竹刀を手入れする事にしている。自分の防具は自分で手入れする。私は一人部室に残り竹刀をばらした。家で手入れする人もいるけど、私の場合家に帰ると絶対と言っていいくらい忘れてしまうので、気が残っている内に済ませる。特に竹刀は自分ではなくて相手を怪我させるので念入りにしておかなければならない。
 私は左利きなので、かけるヤスリの向きも逆になる。誰かに頼むと細かいところで左右反対になるのが煩わしいから自分のものは自分で手入れするようになった。
「よしッ、と」
 私は組み直した竹刀で構えをとり、その出来を確かめてから竹刀を袋に納めた。右利きがほとんどの社会では私の動作がぎこちなく見えると言われることが今まで何度かあるが、自分の中ではこれでもちゃんと規則正しく機能している。
 六時のチャイムが鳴った。誰もいない道場に礼をしてから後にした。日常の動作だ。時間通りに事が進んでいるときは調子がいい証拠だ。

   * * *

 校門には待ち合わせをする人で賑わう。どの部活も似たような時間に終わるので、校門に人が集まるのは自然な成り行きだ。彼氏を待つ人、友達を待つ人、家族が迎えに来るのを待つ人――、待つ理由は人を待つという意味でおそらくみんな同じだろうけど、その相手はそれぞれ違っていて、それぞれにそれぞれのドラマがあって面白い。
「おーい、サラー、ルノーっ」
 私は校門の前に立っている二人に向けて声を張り上げた。剣道の稽古の成果なのか、私の声は人よりもなかなか通るようだ。二人は私の声に気付いて手を振ってくれた。
「ごめーん、待った?」
 私は待たせていた二人に駆け寄ると、二人は自分の左手首を指差して私に答える。
「うーん、5分くらい?」
「あたしは6分くらい」
「……っていうか二人とも時計してないやん!」
三人は一同に笑い出した。会った時には何か冗談を言う、関西地方の常識であり、ここ神戸でも基本的に同じだ。
 私を待ってくれたのは同級生でバスケ部のサラと吹奏楽部で生徒会の役員も勤める晴乃だ。
 サラは名前の通り私と同じ、純系の日本人ではない。お母さんは日本人、お父さんがヒスパニック系のアメリカ人で名字はフアレスという。スペイン語の名前なのでスペルはSarah Juarez と書く。基本的に外国語として英語を勉強する日本人には読みにくいので男女問わず彼女は名前で呼ばれている。髪は黒いが一目で分かる容姿、合理的にものを考える辺りは私の知っているアメリカ人の典型である。母語は英語(それもすごく訛っている)だけど日本に来てもう6年になるので言葉の壁は基本的にないが、たまに日本語をど忘れして英語に戻る癖がある。
 彼女とは六年生の頃からの付き合いで、お互いに変わった境遇であった事から近づくようになり、喧嘩も衝突もあったけど、今では私にとっても彼女は、倉泉悠里という変わった人物を理解してくれる親友の一人だ。
 そしてもう一人、ルノこと牧 晴乃(まき はるの)は神戸市の東部、御影で日本酒を醸造する100年以上続いている老舗の会社のお嬢様だ。といっても彼女は決して派手でなく、普段は内気で目立たない方だ。そういう意味では私とキャラが似ているが、晴乃は家柄から醸し出す雰囲気もあって、制服や吹奏楽よりも和服とお琴が似合いそうな、見た目の感じが和風で私とは少し違う落ち着いた感じの子だ。何よりも、なにかと色眼鏡をかけて見られやすい私たち二人の素性を理解した上で、全く同等に接してくれるところが彼女の最大の魅力だ。
 私たち三人は、クラスも部活も、もっと言えばキャラも素性もそれぞれ違うけど、なぜかウマが合う。あるきっかけを通じて私たち三人はいつもつるむようになった。お互いがいるからお互いが救われてここまでやって来た。一人が二人について説明するならば、これだけで説明が出来る。
 そして私たちは学校のみんなにはまだ知られていないが、もう一つの顔を持っている。それはあともう少しの秘密だ。
「さ、行くよ」
「『桜のトンネル』へ」
「Here we go, here we go!」
 揃った私たちは校門を出て、いつもとは違う道を歩き始めた。 
作品名:悠里17歳 作家名:八馬八朔