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悠里17歳

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2 何のために



 昨夜から夜通し走り続けたバスは徐々に速度を落とし、新宿のバスターミナルに到着した。私たちは預けていた楽器を引き取り、東京の真ん中に降り立った。
 数えるだけで疲れるほど高いビルが周囲に林立し、交差点の向こうが見えないほど溢れかえっている人と車が視界を、そしてそこから入り交じって聞こえる喧騒が聴覚を圧迫する。ここに来る度にこの第一印象に圧倒されて人に酔ってしまう。今回は完全な遊びとして来たわけではないので、緊張感はアメリカに行った時のそれを越えると言っても言い過ぎではない。
「これが、東京……」
神戸育ちの晴乃は、人の多さに圧倒されている。無理もない、神戸でこんなに人が溢れかえるところといえば三宮周辺くらいだ。自分的には東京と言えばどの駅を降りても三宮みたいなところであると思っているのだが、それを晴乃に言うと目を回すだろうから止めておこう――。
「『東京』やなくて『Tokyo』ね」
「あはは『トーキョー』ってやつね」
 サラの一言で晴乃の様子が柔らかくなった。この人だけはどこへ行ってもマイペースだ。見たこと無いけど多分世界中どこ行ってもこんな調子なんだろう。
「で、グレッグたちはどこにいるの?」
 サラが私に質問をする。お兄ちゃんの話ではNAUGHTの三人は新宿から南、渋谷のスタジオに終日陣取っていると聞いていたので、今から電車に乗るよと二人に合図をした。

   * * *

 私たちは新宿から山手線に乗り渋谷のスタジオに向かった。その前にファストフード店でミーティングという名目の雑談をして緊張をほぐし、気持ちもお腹もしっかり鎮めた。
 渋谷にあるスタジオ「QUASAR TOKYO」。神戸のインディレーベルであるQUASAR RECORDSのサテライト施設だ。お兄ちゃん率いるバンドNAUGHTは現在別レーベルに所属しているが東京での活動の原点はここにあって、移籍した今でも後輩たちの面倒をみたりするためにこうして古巣に帰ってくる。

「入りまーす」
 スタジオの重い防音扉をノックして、ガラス窓を覗き込んだ。
「お、悠里。早かったやん」
 部屋から分厚い眼鏡を掛けた、普段着の兄Greg Kuraizumiこと倉泉陽人が出てきた。バサバサの手入れを全くしていない頭にボーダーのシャツにジーンズという、ステージでも家でも眼鏡以外は同じかっこうしているから分かりやすい。 
「お久し振りっす!」後ろにいたサラが私の頭の上でお兄ちゃんとハイタッチ、この辺は彼女のノリの良さだ。
「待っとったで。ま、みんな入ってよ」
 お兄ちゃんはドアを全開にして私たちを部屋に招き入れた。中には既にベースのジェフリー、ドラムの輝さんもスタンバイしていて、サラは一人部屋の奥に飛び込んで行き、二人にもハイタッチをしている。
「あれが……グレッグ?」
 背を向けているお兄ちゃんを見ながら晴乃が続きを言いそうになったところで私が止めた。わかってるよルノ、あなたが何を言いたいか。
「そんなに似とう?」
「あたし何にも言ってないのに」
「顔見たらわかるよ」私はクスクス笑う「それに、合ってないでしょ、あの眼鏡。お兄ちゃんは私以上に近眼なのよ」
 メディアで見られるお兄ちゃんはコンタクトを入れているが小さい頃からひどい近眼で普段は度の強い眼鏡をかけている。コンタクトの相性が悪いのは兄妹同じだ。

 私は晴乃に輝さんとジェフリーを紹介したあと、お兄ちゃんと目が合った。
「宮浦と郁さんからは話は聞いとうから、緊張せんといつもの通りにやってよ」
「デモ(テープ)の順でいい?」
「うん、自分達の好きにやってみてよ」
 私たちは頷くと早速楽器を繋げてチューニングを始めた。お互いの顔を見ながら納得のいくところまで音を出して三人の呼吸が一つになるまで続ける――。
 サラのバスドラムが三回鳴ると全員の手が止まった。スタジオにはギターの余韻が小さくハウリングしている。
 そして私たちは中央でハドルを組んで確認をした。
「最初は……で、次、最後はギミックのカバーで」
「オーケィ」
「一気に続けるよ」
 三人で輪の中央を指差したあとハドルが解けサラは後ろへ、晴乃は私の右に立ち、予定通りのフォーメーションを作り、大きく息を呑んだ。
「それじゃ、行きます」
 自分のギターとボーカルで始まる曲で始める。私は力一杯ギターを鳴らすと、晴乃もサラも私に続き、方向の定まらない三つの音は一つに束ねられ、うねりの中で旋律がスタジオを包みこむ。

   欲しいものがあるのなら
   自分の手でつかめばいい
   与えられるものよりも
   勝ち得たものの方がいい
   ずっといい 絶対に
   
   行きたい所があるのなら
   自分の足で進めばいい
   伝えられるものよりも
   その目で確かめた方がいい
   ずっといい 本当に

 演奏した曲は3曲、一曲目は初期にサラと作った曲をアレンジしたものでお兄ちゃんも知っている曲、二曲目は先月私が書いたばかりのもの、そして最後は兄と師に当たるMMに敬意を表してギミックの曲のカバーを演奏した。

作品名:悠里17歳 作家名:八馬八朔