悠里17歳
稽古を終えた私はホウキを掃く手を止めて、戸の外に目を遣った。道場の外にある桜はもうすぐ満開だ。その奥に見える六甲山系の緑の濃さとは対照的に、淡く潔いピンク色をしている。
桜の品種は色々あるけれど、現代の日本において単に桜といえばソメイヨシノを指すようだ。ソメイヨシノは海外にも植樹され、今は世界のあちこちで見られるがそれらの故郷はこの日本で、接ぎ木をして増えた同じDNA、いわばクローンみたいなものなので、開花の温度や環境などの条件がほとんど同じらしい、もちろん散っていく条件も同じだ。だから南の暖かい地域から順番に開花し、気温の上昇とともに日本を南からピンクに染めて北上していくというわけだ。
私はこの風景を見れば日本を連想する。それは「純粋な」日本人でない私だけではなく、世界中の人間がそうであると聞くと嬉しくなる。大陸の東、大海原の西に孤立して横たわる小さな島国から、世界中の人々に癒しを発信している――。それだけでもロマンチックな気分になる。私は桜の花のような静やかで美しい日本人でありたい。四分の一のYuri Kuraizumiが、四分の三の日本人である倉泉悠里に問い掛ける。
「私という人間が向かうべき方向はどっち?」
答えはまだ出ない。簡単には結論付けられないが、これだけははっきりしている。
どこへ行っても日本人としての心を持ち続けること――
自分の原点はこれだ、二つのルーツを持つ自分にとって、これは切り離す事が出来ないのである。
* * *
掃除を終えた私は竹刀を片手にもう一度戸の外を見つめると、合衆国(アメリカ)にもあった桜並木のことが浮かび上がった。あの時も美しいと思った。確かにあれは「日本」だった。先週まで、機会があって10年振りに訪れたまだ記憶に新しい「もう一つの故郷」で見た桜の景色を目の前のそれにダブらせつつ、道場の戸を閉めた。
純粋な日本人ではないけれど、こんな境遇の私だからできることって、あるのだ。
ヤアァァァーーッ
私、倉泉悠里は竹刀を構えて、大きく一回振り下ろした。