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悠里17歳

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10 ハッピーバースデー悠里!



 道場の更衣室で着替えていると、キムが入ってきた。何やらいいことがあったのかご機嫌でニコニコしている。
「悠里、今日は何月何日?」
「3月31日でしょ、どうしたのキム?嬉しそうな顔して……」
「今日はね、篤信先生の誕生日なんだって」
 私は微笑んだ。そうだよね「実はあたしも今日が誕生日なんだ」って教えてないから日付指定のイベント事といって思い付くのはそれくらいだ。今日はイースターでもあるけどそれは新月の日であってたまたま今年が今日だっただけだ。
「さ、行こ!おいでよ悠里、みんな準備できてるんだ、早く」
「ちょ、ちょっとぉキム、どこ行くんよ?」
 私は訳もわからないうちにステファンがハンドルを握る車に乗せられた。その間キムに眼鏡を奪われ目を塞がれ、そして数分、車から降ろされた私はキムから眼鏡を返されて周囲を見渡すと、柔らかいピンク色の光が、水に落とした絵の具のように優しく私の目に広がって行くのに気持ちの良さを感じた。
「わぁ……」
 池のほとり一面に広がる桜の林。私が以前ここに来た時覚えている風景だ。異郷の地に咲くソメイヨシノ、日本のものと同様に、決して押し付けがましくなく淡く、そして潔い。ここが日本であることを思わせるほどだ。

 見とれるあまり時間が止まった。嬉しくなって誰もいない前に向けて一歩踏み出そうとしたら、
「Three two one」
というステファンの声が聞こえた。私もそれに反応して後ろを振り返ったその瞬間、大きな破裂音とともに私の目の前に金や銀の紙テープが私の頭に振り掛かったのだ。

   ハッピーバースデー、悠里!

「なな、今度はなに?……何?」
 視界を遮るテープを掻き分け取り払い周囲を見回した。みんなめいめいに私に向けてクラッカーを発射したようだ。さっきまで一緒だったキムも後ろから、同じく今日が誕生日の篤信兄ちゃんも真正面から、家でお祝いすると言ってた聖郷は下から、今日は西守邸に来るはずのお兄ちゃんも、お父さんもエディ夫妻もさらには車椅子のお婆ちゃんまで!倉泉の一族が勢揃いではないか。
「だから言ってるでしょ、お誕生日おめでとう、悠里」
まだ整理ができずに呆然と立っている私の後ろからキムに両肩を押され、真っ直ぐ輪の中へ進んでいった。大袈裟な言い方だけどいつの間にかそこが小さな屋外パーティ会場になっている……。
「ほら、悠里。あたしとお父さんとでケーキ作ったんよ」
 テーブルの上には手製のケーキが置かれている、朝から私を追い出すように見送ったのはこのためだったようだ。そういやアメリカのケーキは四角だ。ケーキには防具を着けた袴姿の私が描かれた上に「Happybirthday Yuri」と書かれていて、ろうそくもちゃんと17本立ってある。
「ありがとう……、みんな」
 ここ10年まともに祝って貰ったことのない私は何と言っていいのかわからず、それ以上の言葉がまとまらなかった。嬉しいのにそれを表現出来ない自分が恥ずかしい。
「悠里のためにこの場所を思い付いたんや」  
「見たかったんでしょ?異郷での故郷を」
 照れるあまり背後にある桜の木に目を逸らすと、お兄ちゃんとお姉ちゃんに後ろから片方づつ肩を掴まれた。
 場所を含めサプライズを計画したのはお兄ちゃん、実行のために連絡を取り合って段取りをしてくれたのはお姉ちゃんだということを今この場で教えてくれた。
「今まで誕生会らしいことしてなかったもんね、悠里は」
「10年分を一回にしただけやから勘違いすんなよ」
 口ではそう言うけれど、私には二人の優しい気持ちが強すぎるくらい伝わる。嬉しい以外の言葉で表現しても、ありきたりの言葉しか思い付かず、やがて表現そのものをやめた。
「キレイだ――、キレイだよ」
 外見は優しく淡い色をしているにもかかわらず、異郷でも力強く根付く日本のDNA。私は嬉しくなってこの同じ匂いのする並木に駆け寄って思わず抱きついた。

作品名:悠里17歳 作家名:八馬八朔