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悠里17歳

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 異郷に咲く故郷の桜――。
 これは祖父の倉泉泰盛始め多くの日本人が異郷に移り住み、故郷を思って植えたものだ。今とは違う激動の20世紀に、この桜の木同様に先人たちはここで日本人であり続けたのだ。
「悠里――」
 ゆっくりと私を追いかけて来たのはお父さんだ。さっきの真剣な顔は面を取るといつもの父に戻っている。
「どうだ?合衆国(こっち)の桜も綺麗だろう」
私は小さく頷く。
「神戸の桜はどうだ?」 
「ここに来る前はまだまだだった。もうちょっと先かな」
 桜の下で、私たちは違う国にある同じ桜の木を頭に浮かべた。それと同時に、あの時の自分が父の手を引っ張ってそこへ連れて行こうとする姿が目の前に見えたような気がしたが、それはやがて消えた。
「神戸の桜を見ると、ここの桜を思い出していたんだ――」
 お父さんが神戸で桜を見たがっていたのは、遠い故郷を思ってのことであると今初めてわかった。同じものを見ていても、その向こうにある思いは違う――。確かにそれはすれ違いではある、だけど、今日の自分はそれをそれとして認めてることで分かることがあるのだと感じたような気がした。

「悠里、こっち戻って来なよ。写真撮ろうか」
 後ろからカメラを持ったお姉ちゃんの呼ぶ声が聞こえた。私とお父さんは再びテーブル周りに戻ると
「面白い物があるんだ」
そう言ってお父さんは古い写真を見せてくれた。10年前のちょうど今日、この桜の下で撮られた写真だ。
「わぁ、懐かしい!」
 きょうだい三人で写った写真。右端のお兄ちゃん、真ん中でお姉ちゃんに抱っこされた私。みんな満面の笑みを浮かべて良く撮れている。今はそれぞれアメリカ、東京、そして神戸と離れているが、久々にきょうだいが遠い異郷で、そしてこの日本生まれの桜の木の下で一つになった。
 そして今日はお父さんもいる。あの時はお母さんがお父さんの横で私たちに笑顔を見せるようジェスチャーしていた事を思い出した。
 探したら家のどこかにもあると思うこの写真、楽しかった家族の記録はこの辺で途絶えたのだ。それからちょうど10年――、絶望的状況ではなくなったが倉泉家全体はあれからまだ一つになっていない。
「へぇ、これってあれじゃん『タイムスリップ写真館』できるやん」
 後ろからお兄ちゃんが私が手にした写真を覗いて見ている。
「何それ?」
「全く同じアングルで写真を撮るねん。その写真からちょうど10年後のやつ」
「ははーん、それ面白そうやん」同じく後ろにいたお姉ちゃんは相槌を打った「だけど、私は悠里をだっこできないなぁ」
お姉ちゃんは自分のお腹を擦った。
「じゃあ俺がしようか?」
お兄ちゃんが私の肩を掴み、もう片方の親指を自分に向けてこっちを見てきまってない決めポーズを取っている。この当時は身長差がかなりあったけど、今じゃお互い大きくなったから私を写真のように抱っこ出来る筈がない。ま、頑張ったら出来るかもしれないけど。
「じゃあ、お願いしようかな。お・に・い・ちゃん!」
明らかに目が嘘っぽいお兄ちゃんを見て冗談で返してやった。
「ごめん、勢いで言っただけ……。だいいち重いやん、おまえ」
「ひどーい!」拳で二の腕を思いっきり殴ってやった。女子にその言葉は言っちゃ駄目でしょ!
 このやり取りを見てお姉ちゃんやお父さんだけでなく、言葉の壁を越えてここにいる人みんなが笑っていた。それだけを捉えたら私個人は面白くないけれど、こうして和やかに笑える雰囲気の中にいられる自分が幸せだった。
「まあまあ、三人で並べばいいやんか」
お姉ちゃんが私とお兄ちゃんの肩を後ろからつかんだ。
「はいはい、ま、そうなるわな」
「じゃあ悠里は真ん中ね」
 そう言いながら私は二人の両腕を取って、しっかり並んでお父さんの方を向いていた。間が途切れると次への切り換えが早いところはやっぱりきょうだいだなと思う。
「Say cheese」
 シャッターが下りたと同時に、さっきお兄ちゃんの言った言葉が再び頭に浮かんだ。それが引き金になったのか、私自身は10年前に気持ちがタイムスリップして、あの時の風景が見えた。
 周囲に広がる同じ桜、亡くなったお爺ちゃん、まだ杖もなく歩けたお婆ちゃんも、エディの家族もまだかわいいステファンとキムもいた、両脇には同じきょうだい、そして目の前でカメラを持つお父さん。そして――、
「悠里、どうした?」
横から聞こえるお兄ちゃんの声で、10年前にいた私は現在に戻ってきた。
「足りない――」

作品名:悠里17歳 作家名:八馬八朔