悠里17歳
~ ~ ~
「何で悠里は終わってすぐにハグしないの?」
質問をしたのは横で見ていたキムだ。それを聞いて篤信は微笑んだ。
「試合場(線)の中では試合が終わっても敵どうしなんだ。どんなに気持ちが高ぶってもすべてが終わるまで気を抜かないんだよ」
「ふうん。それって何か名前あるの?」
「うん、日本語で『残心』っていうんだ」
「ザンシン?」
「そうそう。剣道は勝つだけじゃ駄目なんだ。勝ち負け関係無しに堂々としてなきゃいけないんだよ」
「へぇ、確かに悠里もしゃんとしてるね」
キムは竹刀を収めて三歩下がっていく悠里の姿を振り返った。背は自分より低いのに、背筋、一歩の動き、面金の向こうにある表情、そのすべてが堂々としていた。3つしか違わないのにキムの目には日本から来た従姉の姿がしっかりしたものに見えた。
「カッコいいね。日本人の考え方って」
「そうだね。エディも伯父さんもそれを大事にしたいんじゃないかな?」
「私にはわからないわ」
キムは篤信の方を向くと、ブロンドに近い茶色の長い髪がフワッと舞った。
「キムにも日本人のDNAがあるじゃないか」
「でも……」
「気持ちの問題だと、僕は思うよ。悠里ちゃんだって100パーセントの日本人じゃないんだ」
面を外して眼鏡を掛ける悠里、彼女もまたクォーターだ。道場にいる日本人は篤信だけだ。
「私も始めてみようかな、剣道」
「いいんじゃないか?教えてあげるよ」
篤信とキムは道場の対向にいる父娘を並んで眺めていた。そこには戦いを終えた者にしかわからない空間があった――。