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悠里17歳

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「ありがとうございました――」
 私は先生にお礼を言った。自分より段位の高い人に稽古を付けて貰えば、お礼を言うのが剣道の決まり事。大抵の場合、そこで稽古の総括、良かった点、悪かった点、個別にアドバイスをもらえる。 
「修行の成果が少しあったようだな」
「えっ」
 私は頭を上げた。自分ではいつもと変わらない調子だったので、先生の言う事の意味がわからなかった。
「胴は打たんか……」
「――はい、打てませんでした……」
 地稽古のとき、先生は敢えて胴を空けていたことは知っていた。私にはそれが誘いに見えた。確かに、普段の私ならあの場面では胴を狙っただろう。しかし、今日の私には、打てば返されると無意識に感じたのかとにかく打てなかった。ならばあくまで自分の得意で攻める、空いた胴を崩して自分の形に持っていきたかった――。先生にはほんの数分の稽古で私の考えていることがわかるようで、自分で総括できるよういつもヒントを与えてくれる。
「そうか……」
 自分の剣道はあくまでメンだ。すべての基本は面打ちだと思う。コテですら面打ちのための見せ玉である。自分の中で一番の基本が完成せずに、その先が上手に出来るはずがなく、それで強くなっても嬉しくも美しくもない。
「いや、倉泉が考えて言うのならそれで良い。自分の自信のある技を磨く、それも剣道だ」
「ありがとうございました――」
 私は先生にもう一度礼をして、後ろで挨拶の順番を待っている後輩にこの場を譲った。

 私が剣道を始めたのは5歳の頃だ。ちょうど一回り年上の親戚のお兄ちゃんが正にこの高校の道場で稽古してるのを見てカッコいいと思ったのが始まりだ。始めた当初は基本の構えがしばしば逆になり、打たれた時の痛さに「何で好きで痛い思いをせなあかんのやろ」と思っては何度もやめようかと考えたが、気付けば竹刀を握って10年を越えている、17年の半生の半分以上はこうしている。自分自身も、私を取り巻く家族も、さらには先の大地震で街の環境もその時に比べて大きく変化したけど、これだけは今も続いている。左構えになる癖はもうないし、多少の痛さに動じることも怯むこともなくなった。
 強いとか弱いとかの問題でなく、いつしか私は自分が日本育ちの日本人であることを確かめるために竹刀を握っていると思うようになったのはここ数年の事だ。道場に通い、竹刀を振り、大声を張り上げ、手や足のマメや皮が破れ、手首や二の腕にアザを作ることもしばしばあるのに、剣道をすることで何故か気分が落ち着く。
 三年生の女子の部員が私一人であることや、男子と一括りで一緒に稽古しようが、そんなハード面が厳しい事なんか全然苦じゃない。私にとって、こうしていることは華美な装飾品を身に付けたり、自分をそれ以上に見せることよりも美しいことだと思う。美しいものを好み、それに近付こうと努力するという点に関しては、一般的な10代の女子と同じだ。だから、前者も後者も否定しない。
 剣道は一見して激しい運動であるが、派手さはなく、一本を取ったあとの残心までをも大切とする。引っ込み思案で、学校でも目立たない自分が道場だけでは豹変すると友達は言うけれど、意外と内面は静かなもので、それもまた剣道なのかな、と思っている。そうした心の落ち着きを持つということも美意識の一つだと私は疑わない――。

作品名:悠里17歳 作家名:八馬八朔