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悠里17歳

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「さあ、できたよ」
 配膳をするのはキムの役目だ。日系の家だけにお茶碗とお箸はちゃんとある。エディもステファンもやって来て大人数でテーブルを囲んだ。
「いただきまーす」
「あ、きーちゃん。挨拶できて偉いねぇ」
 横にいる聖郷の頭を撫でた。挨拶にこだわる姉の子はしっかり教育されている、感心感心。
「いい言葉だね」
日本語を勉強中のキムが言う。しかし彼女はそれが食事を始める時にしか用いない言い回しであることは知らないようだ。
「うん。だから私はいただきますとごちそうさまは忘れない」
「ごちそうさま?」
「食べ終わったら言う言葉よ」
これに答えてくれたのはお姉ちゃんだ。日本語にはそれのみに使われる単語があるけれど、英語やその他の言語にもそんな言い回しはあまりないのよと説明した。
「お洒落な表現があるんだね、日本語には」
キムは笑いながら明らかなローマ字読みで「イタダキマス」と言って箸に手を伸ばした。
「あなたのおじいさんは食事の時はいつもこうしていたわ」
 キムの横でお婆ちゃんは箸を持って手を合わせた。今の日本では減りつつある光景ではあるが、日本人ならその動作はおそらくみんな知っている。ここアメリカでも敬虔なクリスチャンは食事の前にお祈りをするが、時代の流れか日本の食卓と同じでそれも減りつつあるとお婆ちゃんは説明する。
「悠里はいつもこんな美味しいもの食べてるんだ」
 そんな説明をよそに早速食べているステファンはお婆ちゃんにたしなめられるが、それでも箸が止まらないのを見て他のみんなを笑わせた。笑えない場面ではあるけれど、建て前抜きに料理を喜んでくれるステファンを見て私は顔には出さずに素直に喜んだ。

「ねえ、エディ」
 私の正面でエディが食事をしている。箸の進み具合を見ただけで料理をした甲斐があったと確信できる。
「なんだい?」
「聞いたいこと、あるんだ」
エディは箸を置いて私の眼を見た。
「お父さん、スティーヴンのことなんだけど」
「ああ、私でわかることだったら……」
 父とエディの年の差は9年、エディの話だと彼が高校生ぐらいの時には兄であるスティーヴンは既に家を出て日本を中心に貿易の仕事を始めていたらしい。年齢差が大きいので兄弟で一緒に何かをしたということはあまりないだろうけど、エディしか知らないお父さんも必ずあるはずだ。
「単刀直入なんだけど、お父さんはいつまで剣道してたの?」
「えっ?どういうことだい?」
エディはビックリして私の顔を見た。それが想定外の質問をされた顔であるのはすぐさま悟った。
「私は、お父さんが道着を着ているのを見たことがないんです――」
「てっきり悠里はスティーヴンに剣道を教えられたのかと思ったが」
私が頷くとエディの眉が動いた。ちょっと信じられない様子だ。
「まあ、ウチは色々あったから、お父さんと接点が少ないんだ」
 小学校の低学年くらいの時から家がバラバラになっていたのを叔父のエディも知っている。
「スティーヴンは日本では全然稽古してなかったんだね?」
「悠里の言ってることは嘘じゃないわ」
私だけでなく、横に座ったお姉ちゃんも頷いた。
「悠里は篤信君を見て剣道を始めたのよ」
感情が先走りしてうまくまとまらない自分の考えをお姉ちゃんが代弁してくれた。

作品名:悠里17歳 作家名:八馬八朔