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悠里17歳

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「えっ?」お姉ちゃんの言葉に思わず手が上段で止まった。
「そういや、日本では全然やってなかったなぁ……」
 お姉ちゃんも立て掛けた竹刀を握り構えを取ると剣先がピタッと止まった。ブランクは長くても体が覚えている。妊娠しているので流石に振ることはしなかったけど。
「合衆国(ココ)にいた時はお父さんに稽古つけられたのを覚えてるよ。半ば強制的に……」
 お姉ちゃんの言葉は嘘も誇張もない。やっぱりお父さんは以前剣道をしていたみたいだ。11年という年齢差があるので、姉と妹では共通の親について知っている部分は当然違う。ただ、自分が感じたその違いは11年どころか、もっともっと長い期間のように感じずにはいられなかった。
「お父さんは、エディよりも強いの?ステファンが言ってた」
「さあ、どだろね?あたしは二人が対戦してるのを見たことがないなぁ……」
「そう……」
「でもステファンの言う事は本当かもね」
 お姉ちゃんがこっちで剣道をしていた頃といえば、エディはまだ20過ぎで9つ年上のお父さんは30過ぎくらいだ。もし二人ともその年齢まで続けていたならデータだけで考えればお父さんの方に分がある。
「お父さんは何で日本で剣道せえへんかったん?日本ならどこでも出来るのに」
「さぁ……、年齢的なものもあるやろうけど詳しいことはわからないわ。本人に聞いてみたら?」 
 お父さんがお姉ちゃんを連れて日本に帰ってきたのはお父さんが40歳を過ぎた辺りだ。そこを区切りとする可能性はゼロではないが、その年まで稽古をしている者が突然パタッと辞めるのもあまり聞いたことがない、ましてや日本に来て。
 さらっと答えるお姉ちゃん。私にとってお父さんは遠い国にいる遠い存在なのに、お姉ちゃんにとっては同じ州にいる近い存在のようだ。 
「そんな……、長いこと会ってないのに聞かれへんよ、そんなん」
 私は自分の事よりも、お父さんとお姉ちゃんはどれくらい近い関係にあるのかを聞きたくなった。
「お姉ちゃんはお父さんとはコンタクト取っとう?」
「ええ、きーちゃん見たさに連絡の回数は確かに増えたわね――」
 お姉ちゃんは自然な動きで構えの乱れた息子の竹刀を正しながら答えた。
 私にはお父さんでも、聖郷からみれば立派な「おじいちゃん」だ。お父さんにしてみれば、初孫はかわいくて仕方ないのだろう――。親子の距離よりも孫とのそれの方がもっともっと近い。そこには長い空白があることを感じさせられて、右手が竹刀から離れ剣先が地面についた。
 お姉ちゃんはゆっくりではあるが止まっていた我が家の時間を動かそうとしている。私の中でのお父さんは日本にいた頃、それも優しく接してくれていた10年くらい前で時間が止まったままだ。そしてその印象を大事にしたいと心が訴えているのか、又は既に放棄してしまったのか、それとも動かすのが怖いのか、とにかく私は止まったままの時計に何の手も打っていない――。
「そういや悠里はまだお父さんに会ってないわね?」
「会っていいのかな?」
 本当はお父さんに会いたい。そして顔を見て話がしたい。電話で声は聞いているけど長いこと顔を見ていない。でもお父さんにはお父さんの事情があるだろうから自分からわがままをなかなか言い出せない。
「何言うとうの!ここまで来といて会わないなんてアカン」
「お姉ちゃん……」
 私の引っ込み思案に少し呆れ顔だ。
「てっきりアポ取っとうと思ってたよ」お姉ちゃんは肩で息を大きく一回吐き出した「待ってな。あたしが連絡取ったげる」
 まるでお母さんにたしなめられるように叱られた。実際に私を育ててくれたのはお姉ちゃんといってもいいくらいだし、叱られたこと自体が懐かしくなってなぜか目がほころんだ。
「ここ(アメリカ)では言うべきことは言わないと何の反応もないんだよ。環境に応じて切り替えなきゃ。もう、どっちも一緒なんやから……」
 お姉ちゃんはリビングに戻って行ったかと思うとおもむろに電話を取って手早く掛けているのが開いたままの窓越しに見える。
「ああ、そう。いつだったらいい……」
 電話でお父さんと話すお姉ちゃん、遠くて内容までは聞き取れないけどそれは自然な様子だ。我が家が荒れていたあの頃を埋めてしまうほど自然な、お互いが大人だから割り切っているのか、それともこの国の住民の普通なのか、それを質問するほど私は勇気がなく答えの出るはずのない自問自答を繰り返し、その場に立ち尽くしていた。
「ゆーりねーね……」
 後ろから急にお尻を叩かれた。振り返ると聖郷があまり見たことのない表情で私の顔を見ている。  
「きーちゃん、なあに?」
 私はしゃがみこんで目線の高さを合わせた。さっきの会話を理解はしていないだろうけど心配そうだ。私がお姉ちゃんに叱られたとでも思っているのかな。
「granpa misses you」
「え、どういうこと?」
 聖郷は確かに言った、それも英語で。アメリカに住んでいるのだからこんなに小さい子供でも両方の言葉を話すのは理解できる。だけど私に英語で話しかけたのは初めてで少しビックリした。

  「お父さんは私に会いたがっている」

 まだ三歳の甥が言っている事が本当かどうかを確かめる方法はないけど、その言葉が私の頭から離れることはなかった。
 アメリカと日本、確かに国も文化も違うけど、取り巻く人物は同じ人なのに何かが違う。私以外の家族はここでの生活を知っている、私は知らない――。変えようのない定理があるということだけは理解できるけども、違いの原因を証明することができない。
 お父さんと接してきた時間が長いお姉ちゃんに全然悪気はないし、それを妬むほど私も子供じゃない。ただ、私とお父さんとの距離がお姉ちゃんとのそれとは年齢差以上に違いすぎる事を感じずにはいられなかった――。

作品名:悠里17歳 作家名:八馬八朔