悠里17歳
「思い出した?悠里ちゃん」
「ああ、ここだ……」
私は土間のある玄関の横にある木の看板に目を遣った。
加州剣倉館
ここが私、倉泉悠里の父方の実家である。その漢字で書かれた看板を見るとともに、十年前最後にここへ来たときの事を思い出した。
私の祖父、故・倉泉泰盛(たいせい)は鹿児島からアメリカに移住し、同じコミュニティ周辺に住む日系人たちに推されてここに剣道場を開いた。当初この国で日本文化は受け入れられず、日系人を中心に集まっていただけだったが、近年になって日本の文化が評価され日系人だけでなく現地人の練習生も増えてきているそうだ。祖父は今から七年前に他界したけど、道場は叔父のエディ・クライズミに引き継がれた。
10年前にここを訪れた時はこの道場が異郷の地でどれだけの努力と苦労でここまで維持してきたかは理解できていなかったが私自身も勉強していく内に、今になってそれがわかるようになった。維持をする、それだけでも素晴らしいのに、発展させるのだからさらに頭が下がる。
合衆国という、伝統や情け容赦の無いシビアな社会で認められているということはそれ自身が素晴らしいことの現われである、何とも感慨深いし、異郷の国で日本人を貫き通した祖父に敬意を示したい。
私は日本から持ってきた防具を担ぎ、道場の戸を引いた。篤信兄ちゃんも同じように防具を持って来ている。私を剣の道に引き寄せた彼はアメリカでもこの道場で稽古を続けている。
「入りまーす」
中はここがアメリカかと思うほど和風の道場だ。神棚の下で道着を着た男性が私たちに気付いて近寄って来た。篤信兄ちゃんは慣れた感じで先生に握手をした。はっきり覚えていないけど、私はこの人を知っている。叔父(父の実弟)のエディ・クライズミ(Edward M. Kuraizumi)だ。
エディは篤信兄ちゃんから説明を聞くと、こちらを向いて私に微笑み掛けた。目元がお父さんそっくりだ、そりゃそうだよね兄弟なんだから。
「ワタシの事、覚えてますか?」
「Sure,but just slightly amm……(もちろん、でもちょっと、ええと……)」
エディは私が話し終わらない内に私を抱き締めて、遠方から来た姪の私を歓迎してくれた。見た目は父より身体が大きく、髪の色も私より薄い茶色で、日本語が少し英語発音だけど道着を着こなす姿は日本人の風格がある。何よりも抱き締められた時の感じがお父さんとそっくりだった。
「悠里が来てくれて嬉しいよ」
エディの言葉が英語に戻った。
「篤信君から聞いたよ、悠里は高校(ハイスクール)で剣道しているんだって?」
髪が振れるほど頷いた。それは私が剣道を続けているということの自信と自負の現れだ。
「稽古していくんだろう?」
「いいんですか?」といいながらも私と篤信兄ちゃんはきっちり一式を持ってきている。外国でも行われている剣道はどんなものか、とても興味があった。
「ああ、勿論だとも。楽しみにしてるよ」
エディは窓の外へ視線を移した。
「その前に、君のお祖母さん(グランマ)に会ってきなさい。稽古はそれからにしよう」そう言って隣に立つ現代のアメリカ風の家を指し示し、そこへ行くよう促した。
「行こうか、悠里ちゃん」
「篤信兄ちゃんも行くの?」
「うん。診察の道具、持って来とうねん」
篤信兄ちゃんは現在の身分は研究生だけど、今でも立派な医者であることに違いない。道場に来た時はいつもお婆ちゃんの様子を見ているそうだ。