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悠里17歳

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「どう、アメリカの雰囲気は?って言うても来たばっかよね」
 お姉ちゃんはテーブルの上に私が好きな熱い緑茶を置いた。私が来るのを聞いてリトル・トーキョーで買ってきてくれた。私の好みを今も覚えてくれている。
「出入国がややこしいよ。両方のパスポートがいるなんて何か変」
「そっか、悠里はまだ二重国籍なんやね」
 昨日、ではなくて日付で言えば同じ日、兄と妹では違うゲートで出国してきたことを思い出した。当然国籍を選択する年齢に達しているお姉ちゃんにも質問したくなった。
「お姉ちゃんは合衆国(アメリカ)のパスポートは持ってないの?」
「うん、ないよ」お姉ちゃんは自分のお腹を擦った「私は篤信君と結婚したときに日本国籍を選んだ」
「それは何で?」
「もちろん、篤信君のお嫁さんだからよ」
しっかりした目でお姉ちゃんは答えた。何の迷いもない、素晴らしく透き通った気持ちが瞳に見える。
「まぁ、私の場合は『永住権』があるから合衆国の国籍にはこだわりはなかったんやけどね」
 この国では国籍とは別に永住権というものがある。そもそもが移民の国だから一定の要件を満たせば永住権は得られるし、お姉ちゃんの言うように国籍にこだわらず、この国で生活している外国人は、日本と比較にならないくらい多い。
 近年では権利の取得は難しいようだがアメリカ人の子である私たちには永住権を得ることはそう難しくない。
 では私がふたつ持っている「国籍」って何だろう――。
「陽人はアメリカ国籍を取ったようね」
「そうみたい。出国の時ちょっとビックリした。きょうだいなのに国籍が違うってのも、なんか複雑――」兄はなぜアメリカ国籍を取ったのか理由は直接聞いたことがない。それって結構シビアな内容だし、私からも聞きづらい。
「陽人も永住権はあるのにねぇ」
 逆に考えればお兄ちゃんはアメリカ国籍でも日本の永住権がある。二人は住んでる国と国籍があべこべで何ともややこしい――。
 姉は日本人、兄はアメリカ人、そして私は両方の国籍がある。同じ父と母の間から生まれてきたのに何で三者三様になっちゃうのだろう。
「とにかく、ここ(アメリカ)にいるなら覚えときな。この国は基本的に自由よ。ただ――」
「ただ――?」
「自由(liberty)と一緒に責任(responsibility)がついて回るの」
 会話が突然英語に変わった。自由(freedom)ではない自由(liberty)を言いたいのは私にもわかった。私の日本語では単語で訳せば同じ「自由」だけど、前者は「生まれながらにある」自由で後者は「権利として勝ち得た」それが行間にある。
「自由は法律で保障されている、ただし責任の無いものには何の助けもない。シビアな社会である反面、曖昧なところがないのがスッキリしている。そこが合衆国の良い点であり、悪い点でもあるのよ」お姉ちゃんは私の横に座り、優しい手で聖郷の背中を擦った。
「悠里はどう思ってるの?」
 それは数年後に来る、国籍の選択についてだ。
「うーん、今の自分は日本人である方がしっくりくる。アメリカ国籍ってただ持っとうくらいの気持ちしかないし――」
「悠里は生まれも育ちも合衆国(こっち)じゃないからねぇ」
 お姉ちゃんが微笑む。私と違ってお姉ちゃんはアメリカ育ちだ。四歳の頃から六年、初等教育もこっちで受けているから、私の定義するアメリカ人っぽい考え方をしていて、同級生のサラと似通ったところが多い。
「うん――」熱いお茶をすする「自分は何者なのかを知るために悠里はここに来たんだ」
「その年で国籍について考えられる事はとてもいいことやと思うよ」お姉ちゃんはニコッとした「私は結婚するまで深く考えたこと、無かったもん――」
 お姉ちゃんが私の年の頃といえば家庭が崩壊してた時期だ。当時私の世話を含めてそんな事を考える余裕も無かっただろう。お姉ちゃんは誰のアドバイスもなく自分で自分の国籍を選んだ。それを言うならお兄ちゃんもだ。
 姉は日本国籍、兄は合衆国の国籍を選んだ。目の前に良いお手本となる存在がいる末っ子の私は恵まれている。
「自分の意思で選ぶことができるのは良いことと思う。そこに自分の『責任』があるもの――。この子だってそう、両親と違ってアメリカ人になるのよ」
 お姉ちゃんはお腹に手を当てた。聖郷のきょうだいは生まれる前から二つの国籍が用意されている。きょうだいで国籍が違うのは私たちだけでなく、姉の子供たちも同じだ。
「とにかく、悠里がどの国籍を取ろうと悠里は悠里、私の妹よ。もちろん陽人もだけど」
「うん、お兄ちゃんも同じこと言っとった」
「質問があれば何でも答えをあげる、でもどっちの国籍を選ぶのかは悠里が決めなさい。よく考えてね、時間はまだまだあるよ」
 これがお姉ちゃんの言う「自由に伴う責任」なのだろう――。この国の国民であること、国籍とは別に、この国で生きるには一定の責任が必要である。16歳の私には重く感じるけど、母のように優しい顔をしているお姉ちゃんを見ると不思議とそれについて気付いていることがいいことであると思えた。

作品名:悠里17歳 作家名:八馬八朔