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悠里17歳

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「それじゃ、僕はここで……」
「どこ行くの?」
「学校だよ。また明日な」
 私たちの車が家に着くと、篤信兄ちゃんは車から降りることなくそのまま大学に行ってしまった。今日は私が来るということで研究を中抜けしてわざわざ来てくれたようだ、お腹に赤ちゃんがいるお姉ちゃんに空港までドライブさせたくなかったのだろう。
 現在の西守家は空港から高速道路を経由しておよそ一時間の郊外、トーランスという街にある。典型的な中流階級の住む一軒家で、お姉ちゃん曰く小さい頃に住んでた家みたいなところだとか――。
「さ、入って」
 私は姉の催促と聖郷に手を引かれ、玄関をくぐった。
 アメリカ式の家なので玄関に土間はないが、入ってすぐに靴箱がある。篤信兄ちゃんもお姉ちゃんも家に帰ったら靴を脱ぐという習慣は変わらないようで、家の中では裸足かスリッパで移動する。そのために床はしっかりと絨毯が敷かれていて日本の家と変わらず靴を脱いでも快適だ。
 長旅からやっと一呼吸ついてリビングにあるソファに座るとすぐさま聖郷が私の膝に乗ったかと思えば、急に動きが鈍くなり、何だか身体が暖かくなりだした。
「悠里、きーちゃんは?」
 キッチンカウンター越しにお姉ちゃんが呼び掛けるけど、聖郷はいつの間にか私の膝ですっかり熟睡している。小さな身体で思い切り歓迎してくれた甥っ子は会ってから私にベッタリだ。
「あらあら、この子はホンマに悠里が好きみたいね――」
「篤信兄ちゃん見たら妬くかな?」ちょっと意地悪な質問をしてみた。
「たぶん、拗ねるよ」
 私は笑いながら膝で寝ている甥っ子の頭を撫で撫でした。
 聖郷が私になつく原因はちゃんとある。

 そもそも西守聖郷は私と同じ神戸生まれだ。当時お姉ちゃんたちは東京に住んでいたけど里帰り出産で帰ってきた。間の悪いことに私以外の親戚が誰もいない時に陣痛が始まり、私が119番に電話して姉妹で救急車に乗った。
 お姉ちゃんの希望もあって私もなぜか出産に立ち会うことになり無事に聖郷を出産、お姉ちゃんは放心状態で、生まれたての聖郷を確認して眠るように失神し、西守家(倉泉家もそうだけど)の初孫を最初に抱っこできたのは何と当時中学生の私だったのだ――。そんな光栄な出来事が証拠というわけではないのだろうけど、聖郷は篤信兄ちゃんに負けないくらい私になついている。
 聖郷を見ると我が子のような愛情が湧く。西守家がアメリカに行くと聞いた時、喜ぶべきことなのに、聖郷と別れることでお互いに声を出して大泣きしたことが懐かしい。この感情が母性であるとすれば私も何となく理解が出来る、まだ16歳だけど。初めて見た動くものがお母さんと思う「刷り込み(imprinting)」という現象が人間にもあるなら、聖郷は私を母と思っているのかもしれない。お姉ちゃんが11歳年下の私を育ててくれたように、私も聖郷のお母さん役ができるなら是非体験したい。

作品名:悠里17歳 作家名:八馬八朔