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悠里17歳

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 天気が良く、ポカポカとあったかい静まり返った道場の端で私は竹刀を研ぐことにした。上段から降り下ろされる強い面を受けるのに必死で竹刀はボロボロだ。
 眼鏡に代えた私は戸の脇に腰を掛け、前からやや上方を見ると窓からはヒラヒラと散る桜が目に入る。その一枚一枚は意思を持っているかのように舞い、静かになった道場目掛けて挑戦してくる者さえいる。つい先日まで咲きかかっていた桜がもう散ってゆく。咲き誇る花も美しいが散り行くそれも儚げで美しい――。人に夢と書いて儚いとは昔の日本人の美意識は素晴らしいと思う。

「倉泉……」
 後ろから私を呼ぶ声がした。振り返ると、私が道場の端で竹刀をばらした所に来たのは篠原君だった。
「いっつも手入れして帰ってるんやな」
そう言いながら素振り用の木刀を横に置いて、私の左に座った。練習後の素振りをしようとしていたところで私を見つけたような様子だ。
「――うん」私はチラッとその顔を見て視線を竹刀に戻す「家では絶対に忘れるから」
「手伝ったげようか?俺が傷めたんやし、その竹刀」
「いいよ。私、左利きやからヤスリが逆になるねん」
 違和感を感じて思わず体を右に向け篠原君に背を向けた。自分の左側に人がいるからだ。その気持ちがヤスリに移ったかのように。腕が左にいる篠原君に何度も当たる。
「そういや倉泉の『左側』って印象ねえなぁ」
「並んだ時左に寄るのはレフティの癖らしいよ」
 同じく篠原君も違和感を感じ「ごめんごめん」と言いながら私の右側に回った。
 道場で整列する時も篠原君が一番右で、女子は左の方になる。それだけでなく、私自身が言うように、左利きの人は普段から列になると左に寄る癖がある。右利きの人が自分の左に座ると、箸や鉛筆を持った時互いの肘が当たるのが煩わしいからだ。
「へぇ、そうなんだ。珍しいもんな、左利きは」
「でも全体の1割もおるんよ、左利きって」
 確かに左利きは少数派だが、クラスに40人生徒がいれば四人はいる。統計上では60人に一人といわれる在日の外国人の割合よりも多い。だけど生活に不便なので右に矯正する人も少なくないから実際は1割よりも少なく見えてしまう。私も小さい時お母さんが直そうとしたが結局直らなかった。直ったのは剣道の構えくらいだ、第一左構えの人なんて聞いた事がないし実際の真剣勝負なら左構えは致命的だ。 
 自分の中では構わないのだが不便を感じるたびにコンプレックスに思うのは否定しない。そのプロセスは自分が厳密には日本人でないのと同じだ。
「じゃあ、俺も仲間だ。1割という意味では」
「何が?」
「AB型も全体の1割くらいらしいで」
「へぇ、じゃあ篠原君はAB型なんや?」
 悪気のないフォローに自然な笑みがこぼれた。
場の空気が悪くなりそうなところを察知して戻そうとできる辺りは篠原君のいいところだ。私もそれを受けて笑顔で返した。

作品名:悠里17歳 作家名:八馬八朔