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悠里17歳

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4 ギミックの妹



 神戸の中心部、三宮にある小さなライブハウス「QUASAR」。この隣には小さな貸しスタジオがあって、そこではバンド活動をする老若男女がやって来てはめいめいに練習に勤しんでいる。客層は20代を中心に大学生が一番多く、高校生は少数派だ。なかには白髪混じりの方々も練習している事も少なくなく、ギターのような弦楽器だけでなく管楽器の人もいる、プロを目指す人、仲間内で楽しむ人、そのスタイルは十人十色でそれぞれが自分達の音楽を楽しんでいる。
 土曜の午後、私とサラ、晴乃の三人は貸スタジオの一室に集合しそれぞれが持ってきた機材を機械に繋げ、チューニングを始めた。私の場合、お下がりのソフトケースでギターを運ぶのでこれを背負って動くと弦が背中に当たり毎回音がずれ易い。これも左利きの弊害なのか。
「準備出来た?」
「いいよー」 
 サラが元気よくバスドラムを踏み込むと晴乃が続き、最後に私が入るとそれぞれの立てる音は一つの束となり「曲」へと変わった――。この一体感、私はこの感覚が堪らなく好きだ。

 私たちが持っているもうひとつの「顔」、それがこれ、音楽だ。
 私が音楽を始めたのは兄の影響があった事に間違いない。ギターは中学に入ってからだけど、もっと小さかった頃はお兄ちゃんのピアノ伴奏で歌はよく歌っていて「神戸のカーペンターズ」とか言われたりもしたっけ。
 中学一年生の頃、私の家に遊びに来たサラが、英語で気兼ねなくコミュニケーションのとれる私のお兄ちゃんと意気投合し、家に遊びに来る度にサラにドラムの手解きを始めたのを発端に、私はギターとボーカル、そしてお兄ちゃんがベースで足らずを埋めてくれたのがおそらく最初の活動だった。フアレス(Juarez)のJと倉泉(Kuraizumi)のKを取ってJKと名付けた。
 しかし、見た目とジャンルがマッチしておらず、音楽をやっているという理由だけで中学生の頃はいわゆる不良グループに目を付けられた時期もあったが、きょうだいたちは口を揃えて言う
「いちいち気にしたらアカン」
という言葉を盲信し、サラと共に音楽を続ける傍らで、姉も兄も家を出た以後もその教えを守り続け、ギリギリではあったけどそれなりの高校に進学することで住み分けに成功した。
 当時大学受験を控えていたお兄ちゃんも勉強の合い間によく遊んでくれ、そこで基本的な事を教えてもらった。その頃から本格的に活動していたお兄ちゃんから見ればそれはお遊びなのだろうけど、私たち(まだ二人だけど)のスタートはその頃になる。
 それから兄は高校を卒業して神戸を離れ、ベースがおらずしばらくは二人で細々と練習する程度だったが、高校に入ってサラが吹奏楽部にいる晴乃を見つけてスカウトしたら快く参入してくれた。
 何でも晴乃も中学の頃に地元神戸では名の知れた「ギミック」の存在とその姿勢に感化され、自身の所属する吹奏楽部とは別に、一人でコピーをしていたようで、その頃は同じような考えの人は周囲におらず、いたとしても自分とは相容れないグループの人物だったようだ。
 JKと同様に思うように活動が出来なかった中学時代を経て、高校で私と出会い、私が晴乃の言う「ギミックの妹」であることを知り、関係は急加速、現在のメンバーに落ち着いたのだ。
 バンドを組むには最少単位のスリーピース。凝ったものを創るつもりも技術もはなく、今の私たちのカラーにはじゅうぶんで、現在の三人で続けている。最初はパンク系の音楽や地元のシーンで流行っているバンドのコピーから始まり、色んな方の支援と指導もあって、最近になって完全オリジナルの曲も演奏できるようになった。
 気心の知れた仲間と一つの物を作っている――、その感覚が得られる事が何よりの喜びだった。
 JKは晴乃の参入で私たち三人の頭文字を採って名前をS'H'Yと改めた。名前の通り内気な方であるけども、いつかはステージでやってみたいという気持ちもある。引っ込み思案な自分達を克服するためにいい意味で――。

作品名:悠里17歳 作家名:八馬八朔