小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

悠里17歳

INDEX|12ページ/108ページ|

次のページ前のページ
 


 私の部屋には机が二つと二段ベッドが置いてある。地震で家が一度メチャクチャになったことがあったが奇跡的に全壊を免れ、この家に越してから基本的に家具類は移動していない。
 一つは私の机、もう一つは兄のものだ。以前はこの部屋に私と兄、隣の部屋には母と姉とで生活していた。
「役に立つかはわからんけど、欲しいものは何でも使ってもエエし、いらなんだら棄ててもエエよ」
と半ば丸投げの状態で託された机とベッド。一人部屋になったのを機にベッドはそのままだけど、上段は物置と化し、下段は引き継がせてもらった。そして机のガラクタである、漫画や参考書の類いは役に立つけど、大概は要らないものだ。妹に全然サイズの違う服や作りかけのジグソーパズルを託しても喜ぶはずがないでしょ――、その上ピース足らないし。
 ガラクタの中に一つだけ、お兄ちゃんがこの家を出る時部屋に残していった大切な物がある。私はスタンドに立て掛けたそれを手に取った。
 お兄ちゃんが残していった、というより私のためにあつらえてくれたもの、ギターだ。
 私仕様のレスポール――。大げさな表現だけど左利きである私のためにお兄ちゃんは自分のギターの弦を逆に張り替えて私に残してくれた。だから私仕様なのだ。今は自分のギターを持っているけど、私が楽器を弾いて音楽をしてみようと思ったきっかけとなった大事な品だ。
「レフティだって気にしたらあかん。ジミ・ヘンドリックスだってカート・コバーンだって左利きやん」
 と言われて名前しか知らないミュージシャンのCDを聞かせてもらうと、すっかりそれらが自分のお気に入りになった。
 それから、初めて映像で見た時の型破りさは完全に自分の理解を超えていた。

   こんなのもアリなんだ!

 今までテレビの歌番組で流れる流行りものの音楽しか知らなった私に何かを呼び覚ますには充分すぎるものだった。
「ロックというのは音楽的な自由だ。何をしてもある意味では正解やねんで、前例がないなら作ればいい、くだらない型なんか棄ててしまえ、もちろん利き腕もだ」
 小さい頃の兄は、毎日ピアノの練習に熱心で見た目も色白で、姉と妹に挟まれた華奢な感じの、ロックといった類いの音楽とはまるで無縁の少年だった。私と違って武道のセンスはからっきしで、お母さんからお兄ちゃんが女で私が男の方がしっくりくると言われたもんだ。そんなお兄ちゃんだが、家が荒れていた頃つまり私とは疎遠だった頃に激しい音楽とバンド単位で演奏する楽しさを覚え、私のように虜になったようだ。小さい頃に身に付いた音感とセンスは素晴らしいもので、高校生の時には曲を作り、「ギミック」というスリーピースのバンドを組んで、そのドラマーとして地元の音楽シーンでは名の知れたバンドにまでなりアルバムを出した。残念ながらギミックは解散したが、現在は東京で別のバンドを結成し、今はギターを弾きシンガーとして活動を続けている。
 3~4歳の時、私も兄を真似てピアノを習おうとしたが、当時から数々のコンクールで入賞するほどの指を持つ兄に近付けることすらできず、さらに左利きが理由で長続きもしなかった。もちろん左利きでも立派に成功するピアニストはたくさんいる。私には敷居の高い楽器だっただけのことだ。

 レフティでも何の不便もなく活動できる

 日頃左利きで不便を強いられることが多い日常に現れたギター、そして型にとらわれない自由な音楽――。私はお兄ちゃんの説明を聞いて興味が湧かない筈がなかった。
 音楽をすることで不遇な中学時代を経験したこともあったけど、それがあったからこそ乗り越えたこともあった。
 
 複雑なのは自分に流れる血だけでなく、育った家庭環境もだ。だけど私は、しっかり者の姉に教育され、私には優しい兄の考え方に影響を受けてここまで大きく道を踏み外すことなく成長することができた。自己の形成について、姉と兄の存在は見方に寄れば両親よりも大きい。

   no changes
   whatever you do
   no changes
   wherever yo go
   we're here , off course you too
   (何したって、どこ行ったって変わらない
   俺たちはここだ、もちろんあんたもだ。)

 食卓に置きっぱなしのプレーヤーからお兄ちゃんの声が聞こえる。叫ぶように声を出しているけど、言ってることはどこか寛容だ。
 私はCDを取り出してケースに収めると、ジャケットには兄をはじめ三人の若者が映っている。日本のそれと海外のそれとどちらに並んでも違和感がないように見える。日本人でもアメリカ人でもない。逆に考えれば日本人であり、アメリカ人でもある。人とは少し違った身上だからこそ出来ることって、ある。
 私もこうでありたい。そう思いながら私はスタンドからギターを持ち上げた。
 今日は金曜日、明日は学校が休みだ。私は復習と予習をするのを忘れ、ギターを構えてアンプのスイッチをいれ、ヘッドホンを付け、しばしの間自分の時間に浸っていた――。一度脱線すると止まらないのは自分のいけない癖で、さっき沸かした風呂のことなんかすっかり忘れていた――。
 
作品名:悠里17歳 作家名:八馬八朔