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悠里17歳

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結 緑葉



 陽はまだ沈まずに、東の空からは満月が昇る。今日の稽古が終わり、道場は鎮まり返った。明日から期末試験が近いので道場もしばらく閉められる。私は洗濯した白の道着をばらした竹刀に差して道場の戸の外、桜の木のすぐ横にある物干し竿の前にたたずんでいた。

   春過ぎて 夏来にけらし 白妙の
     衣干すてふ 天の香具山

「……じゃなくて『六甲(むこ)の摩耶山』、なーんてね」
 と和歌を口ずさみながら道着を干した。
 校門の方に目を遣ると晴乃と篠原君が二人で歩いているのが見える。昨日電話で興奮気味に、今日の放課後デートに誘われたことを話していた。といっても下校途中にハンバーガー屋に寄って帰るだけのことだけど、二人にとってそれがスタートだ。
 こちらを見ている二人に気付き私が手を振ると、向こうから二人の手が天に伸びて揺れているのが見えた。私といるよりよっぽどお似合いで、見ていてこっちも恥ずかしくなる――。

 それから私は誰もいなくなった道場に戻り、戸の外を見遣った。そこに見える桜の木は緑々として、これからやって来る暑い熱い夏に向けて力強い生命力を放っている。春に見せた淡い色とは違い、これが同じ木かと思わせるほどの変わりようだ。一つの個体から見える様々な一面――、それはクォーターである私も同じだ。

 来月にはお父さんが竹刀を持って日本にやって来る。あの時お父さんは何も教えてくれなかったけど、日本に来る本当の目的は私の再戦を受けに来てくれる訳ではないのを知っているのは私だけだろう。
 お父さんもまた、前に進もうとしている。だからこそ私は父を越えなければならない。その先には新たな発見とさらなる進歩がある、私は信じて疑わず、そして、迷わない。

 私は倉泉悠里、もしくはYuri Kuraizumi。神戸生まれの神戸育ちの17歳。日本国籍を持つ日本人だけど、もう一つの国籍とDNAを持っている。日本人でもあり、アメリカ人でもある。

 生粋の日本人ではないけれど、私には日本人であることの自負がある。

 そして未熟者ではあるけれど、私には無限の可能性がある。これからやって来るいろんな出来事は楽しいのか苦しいのかわからない。ただ分かっていることは、時間は過去から未来への一方通行だ。今を逃せば過去は戻ってこない、だから、今まで教えられて来たことを忠実に守り、これから起こるいろんな出来事や物語は逃げずに正面から受け止めて、こんな自分だからこそできる事をしたい、力の限り、迷わず、そして潔く。

   ヤアァァァーーーーッ! 

 道場の戸を閉め、腹の底から出来る限りの声を振り絞り、大きく一回「守破離」を付けた竹刀を振り下ろした――。



   悠里17歳  終わり
   

作品名:悠里17歳 作家名:八馬八朔