悠里17歳
お父さんとお母さん、二人は四年もの間すれ違いがあって結局離婚した。その時の倉泉家は「暗黒の四年間」と言えば兄も姉も分かる。それくらい思い出したくもない経験をしたにも関わらず二人は再びよりを戻すと言うのだ。好きになって一緒になって、別れて、また一緒になって……。私が言うのはなんだけど男と女っていうのは本当に分からない。
その事を考えると夜になっても中々寝付けず、私はベッドに入って近い天井を眺めていた。
「お兄ちゃん、起きとう?」
普段使っていない二段ベッドの上段から顔を乗り出して、下段にいる兄に声を掛けた。
「何や?起きとうで」
その声を聞いて私はベッドから頭を乗り出すと、気配に気付いてお兄ちゃんはアイマスクを外した。
「お母さんがやり直そうと思っとうのは知ってたん?」
「なわけないやん、俺もビックリした。みんな集まって何言い出すか思たら……、なあ」
半分呆れ気味だけど本心では笑っている。
「でもそうなったらお母さん、アメリカ行くのかな」
「どないやろ?父さんが日本に住むとは考えにくいな」
「悠里もそれは思う。あ、そうだ」
私はさらに身を乗り出した
「お父さん、あの時悠里に『こっちへ来ないか』って言ってた」
アメリカでお父さんと10年ぶりに再会した時私にそう言ったことが脳裏に浮かんだ。あの時お母さんと一緒に自分も来て欲しかったのか。
「だったらそうかもな、悠里は一人が苦手やから」
「うん……」
今の家で一人でいるのには慣れたけど、昔を思い出すのでやっぱり一人は苦手だ。
「で、悠里はどう思っとう?アメリカ、行くの?」
「うーん、二択で考えれば、ない、今は」
「今は?」
「アメリカに行く前はゼロだったのがそうで無くなった、それだけ。今の悠里には早すぎやわ」
枕に頭を置いて天井を見ながら、思ったことを思ったままに答えた。そしたら下からお兄ちゃんの笑い声が聞こえてきた。
「それより、悠里」
「ん、なあに?」
何で笑ったのか気になってもう一度ベッドから身を乗り出した。お互いに視点は定まっていないけどどんな表情をしているかはわかる。
「お前さ、さっきも言うたけど、アメリカに行って良かったよ」
「何が?」
「わからへんなら、わからへんで、いいよ」
小さな声ではははと笑う。
「前は剣道バカ一代みたいなところあったけど、悠里は剣道も、音楽も、いろいろやることでうまくいくと思う」
普段は妹をあまりほめないお兄ちゃん、こういう何気ないところでほめてくれる。今は離れて住んでいるけど、私の扱い方はやっぱり上手だ。
「ありがとう……」
「ははは、調子乗るなよ。勉強もちゃんとしとけ――」
お兄ちゃんはアイマスクを目に当てるのを見て私も元の位置に戻った。
それから私は両腕を頭に当てて近い天井を眺めているときょうだいや両親の顔が次々と浮かび上がった。それぞれがめいめいに私に声を掛けては離れて行き、それぞれの顔が残像として脳にに残ると、感情の洪水が津波のように私を襲ってきた――。
「こんな境遇だからできることって、ある」
止められない感情が沸き起こり、フェイスタオルを顔に当てた。
私は愛されている。
それを確認できただけで、悲しいわけではないのに涙が次から次へと溢れてきた――。